雷の少年と護衛(2)
僕、ヒューズベルト・ランスとニーナは、ゲウムベーンへの護衛依頼を受けて馬車に乗っていた。
同じく同行しているのはこの護衛依頼を頼んだ商人、フーリー・イナキア。そしてこの護衛依頼リーダーのメリッサさん。そして僕達と同じく護衛依頼を受けている槍使いのトカリ・リヤと短剣使いのユメハ。以上、6名が馬車に同乗している面々である。
そして今、フーリーさん以外の僕達、護衛を担当している面々はメリッサさんからゲウムベーンについての注意事項を受けている。
「まず一番先に頭に入れておいた方が良い事は、2つですね。1つは『レッドアイ』。そしてもう1つは狩り場泥棒。主に大切になってくるのはこの2つです。
『レッドアイ』とはこのような馬車に襲い掛かってくるレッドベアーの事であり、狩り場泥棒は『レッドアイ』を出汁にして物品泥棒を行っている泥棒の事である」
とりあえず、長々と続いたメリッサさんの言葉を纏めると次のようになる。
レッドベアー。赤い毛皮と、3mくらいと僕達よりも遥かに大きな身体を持つ熊型の魔物だそうである。熊型の魔物は大抵寒さに弱くて、寒い冬の時は自分の巣穴で暖かくなるまで眠るのだけれども、このレッドベアーは体内に強力な『火』の魔力を持っており、それ故に身体全体を暖めているので寒さに鈍くて冬に眠る事はないらしい。そして戦闘行為が多く、それ故に戦いで傷付き、群れから追い出される事も少なくないらしい。
例の、馬車や荷車を襲う魔物と言われる『レッドアイ』と言う個体名が付けられたレッドベアーは、戦闘意欲の高いレッドベアーの中でも特に高い乱暴者であったが、戦闘で付いたと思われる左目に付いた傷で見えなくなり、群れの争いで負け、人の食糧を襲うようになったらしい。
狩り場泥棒はその『レッドアイ』が襲った馬車や荷車から、『レッドアイ』が居なくなった後、食べられないけれども高く売れる宝石などを頂戴しているみたいである。
なんともまぁ、お互いともに生きるために必死で編み出しているからこそ、このような関係が生まれたのだろうか。
「狩り場泥棒は主に『レッドアイ』が狙った馬車や荷車を襲いますが、時には直に襲いに来る場面もありますので、注意してください。『レッドアイ』は『火』の魔物ですので、水の魔法で撃退をお願いします」
火は水に弱い。この魔法の原則は魔物でも通用するらしく、火の魔物には水の魔法をぶつける事が一般的だ。最も、この中で水の魔法を使えるのはユメハとメリッサさんだけだという事なのだが。
「ユメハは水の魔法が得意なのだ! いっつも、それで助けて貰っているのだ!」
「ボクは自分で出来る事をしているだけだよ。トカリだってそうでしょ?」
「そうだな! 私も槍で出来る限りの事はしよう!」
まぁ、トカリの言う通り、普通に攻撃して倒す事も出来るのだが、やっぱり水の魔法で倒した方が速いのは事実だ。もし『レッドアイ』が襲ってきた時は2人に任せて、僕達は狩り場泥棒というこそ泥を倒す事に専念しようと僕はそう決心した。
「まぁ、いざとなりましたら皆で……ですね。ヒュー」
「そうだな。ユメハだけに任したりはしませんよ」
と、ニーナの言葉に対して、僕は堂々とした様子でそう言うのであった。
ガタゴトと僕達は、馬車に乗って道をゆっくりと走らせていた。緑豊かな木々と晴れ渡る青空、そして緑の中を駆け回る魔物達。僕達は馬車の外の風景を見ながら、ゆっくりとゲウムベーンへと向かっていた。
―――そして僕達が馬車を走らせていると、メリッサさんがピクリと眉を動かし、「……止まれ」とフーリーさんへと頼んでいた。
「……何かが近付いている。馬車をゆっくりと減速させながら止めて欲しい。いきなり止まると気付かれるかもしれない」
「分かりました。ゆっくり止めれば良いんですね」
「……よろしくお願いします。さて、皆も戦闘準備をお願い致します」
メリッサさんはそう言って、僕達に戦闘のための準備をするように言っていた。そしてトカリとユメハの2人は待ってましたとばかりに、トカリは槍を、そしてユメハは短刀を構えていた。僕とニーナも自分用の武器を持っていた。
「ヒャッハー! 久しぶりの獲物だー! 野郎ども行くぜー!」
「「ウオオオオォォォォ!」」
遠くの方で汗臭そうな男達の野太い声が聞こえてくる。ここからでも聞こえるくらいの大声である。すぐにでもこちらにやって来るだろう。それは明らかに狩り場泥棒である。そいつらは剣や槍、そして弓などの武器を持ってこちらへと向かって来る。どうやら『レッドアイ』に頼るだけでは自分達の食い扶持を稼げないと判断したのか、もしくは他に何らかのトラブルがあるのだろうか? どちらにしても彼らの事情など関係ない。今の僕達がする事、それは彼らを倒してこの馬車を無事ゲウムベーンへと運ぶ事なのだから。
「まずは……相手の機動力を奪おう」
メリッサさんはそう言って、手の平の上に小さな水の球を数個作り出す。そして作り出した水の球を狩り泥棒の元へと発射する。そしてそれは馬達の前で爆発し、馬達は水の球に驚いて騒ぎ立て荒れ狂っていた。そして狩り場泥棒達は魔法を作り出していた。一際大きい、さっき号令をかけていた奴は風の球を作りながら、他の奴らに魔法で戦うよう指示を出しているけれども、それに従っているのは数人だけで、無謀にもこちらに突っ込んで来た奴らはトカリとユメハによって倒されていた。
(ヒュー。あの風の魔法を使っている大男、どうやらこの集団を御しきれてないみたいです)
と、ニーナが目でそう伝えて来る。
(こう言う烏合の衆は、リーダーを倒しておけば後は散り散りになって倒れるです。『大将を倒すのは戦闘の基本である』、これは戦天使における常識の1つです)
(そうだな。じゃあ、雷の球を作り出してっと……)
僕はそう言って、剣に雷の魔力を纏わせ、そして手の平に小さな雷の球を作り出しておく。そして雷の球を敵の大将だと思われる大男に見せつけるように、天へと投げる。
「あン!? なんだ、ありゃあ!?」
と、大男が雷の球を見ている隙に、僕はニーナと共に大男へと近付いて行った。その最中に気付いた奴らが弓を放つために構える。
「大将を守るぞ!」
「そうだな!」
こいつらはトカリとユメハへと向かっている奴らと違って、大将に対してそれなりの信頼関係で結ばれているみたいである。そいつらが弓を放った後、ニーナが剣を横払いに振るい、そして僕もまた剣を縦に振るう。
「貴様ら! 俺らの部下を!」
そう言って大男がこちらに気付いて風の球を放たとうと照準を向けていて、そして僕は雷をまとっている剣でぶっ飛ばしていた。ぐふっと言う声と共に、大男は地面を転がっていた。
「ぐふっ! 貴様らー! レッドベアーも上手く扱えねぇし、踏んだり蹴ったりだ!」
大男はそう言いながら、チッと舌打ちをしていた。彼が言った『レッドベアーを上手く扱えない』と言う発言には僕自身、非常に気になったが、気にしないようにして僕は剣を構えていた。
「てめぇら! この俺様、狩り場泥棒の頭であるグスタフ様を相手して無傷で倒せるとは思ってんじゃねぇぞ、この糞共が!」
そう言って、大男、グスタフは小さな風の球をいくつも作り出していた。
「くらいやがれ! 風よ、敵を打ち倒せ!」
そしてグスタフは小さないくつもの風の球を放っていた。その球を一瞬にして全弾、ニーナが剣で撃ち落としていた。
「はっ!? 化け物か!? あの量を全部撃ち落とすとかありえねぇ!」
(まぁ、普通だったらそう思うよな)
と、僕は大男の声を聞きながら、そう思う。あれは初めて見たとき、僕もびっくりした事である。まぁ、本人からしたらこれくらい普通の事みたいなのだそうだけれども。
「くそぅ! こうなったら……いちかばちか!」
そう言って、グスタフは懐を探り、そして探していたのが無かったみたいで非常に慌てている。今のうちに叩くべきかと悩んでいた所、
『ピィィィィィィィィィ――――――――――――!!』
甲高い耳に残る笛の音が、トカリとユメハの行った方から聞こえてきた。
「バカな! あの音は……!?」
グスタフが笛の音を聞いて狼狽している。そして、大きな熊の鳴き声がこちらに聞こえて来たのであった。




