プロローグ(1) 雷の少年
少しずつやって行きますので、よろしくお願いします。
この世界、アズガルドには魔法と言う概念が存在する。魔法とは燃え上がる火、流れるような水、激しい雷、巻き上げる風の四属性からなり、下級、中級、上級、そして伝説級の4つで構成されている。そしてこの世界の人間はそれぞれ得意属性と言う物があり、その得意な属性に対して耐性と呼ばれる物が存在する。魔法は下級、中級、上級、伝説級となって行く度にそれを使う人間に対して反動が強くなる。それ故、炎属性が得意な者はその得意な炎属性の反動で倒れないようにするため、炎属性が効きにくくなる耐性と呼ぶ物が出来るのだ。魔法が得意な者ほど、自身が使うその耐性が強いと言われている。
この世界、アズガルドには1つの伝説があった。勇者と魔王の対決と言う、ごくありふれた英雄譚である。1000年前、まだ天使や神が住まうとされる天界と地上の民達が仲良く平和に暮らす地上界との距離が近かった頃、地上界からの地下深くより生み出た悪意の塊が人や獣の姿となり、地上界、そして天界に襲い掛かった。その悪意の者達を率いる、後に異端卿と呼ばれる者は火でも、水でも、雷でも、風でもない、未知の属性を使っていた。人々はその未知の属性に翻弄され、敗れ去る。誰もが敗北を受け入れ始めた頃、とある村で4人の勇者が立ち上がった。
燃え上がる炎を纏いし、火炎の使者とも言われる勇者。
激しい水と清らかな水を使い分ける、水の妖精とも呼ばれた賢者。
全ての雷を受け流しつつ蓄える、雷の申し子と囃し立てられた魔法使い。
激しい嵐のような風と突風のような速さを用いた、風の剣姫と語り継がれる剣士。
かの4人の、後に英雄と呼ばれるようになる勇者達は未知の属性を使う異端卿を倒し、人々に平和と繁栄を約束した。その者達が生まれ育った村、フローリエでは今でもその勇者達を称える習慣が1000年経った今でも根強く残っているとされている。
☆
そんなフローリエの子供達がはまっている遊び、それは勇者ごっこ。この町で生まれ育ったとされる4人の勇者になって、悪である異端卿を倒すという、大人から見れば微笑ましいごっこ遊びである。しかし当人、特に悪の異端卿役に選ばれた子供から見たらそうではない。
「おい、異端卿。今日もこの勇者様がやっつけてやるよ」
「覚悟しろ!」
「今日もビービー泣けよな!」
――――――ただのガキ大将の虐めである。悪の異端卿役を無理矢理押し付けられた僕、ヒューベルト・ランスはそう思いながら、ニヤニヤと笑いながらこちらを見るガキ大将達を恨みめいた目線で見つめていた。僕は彼らの魔法によって地面に叩きつけられ、彼らが僕を囲むようにして立っていた。
ガキ大将で僕達より3歳年上のロイはニヤリと笑い、それの腰巾着の僕より2歳年上のウノとサノもつられるようにしてニヤリと笑っていた。
子供達にとって大切な事は、いかに力を付けるかと言う事である。力が強い者こそがここでのルールであり、王だ。そして今日もまた、力がない僕のような虐めの対象を徹底的に痛めつける。フローリエのような、子供が10人にも満たないような、近くに興味をひかれるような物がない田舎町ではその傾向が特に強かった。
「おらよ!」
「おらっ!」
「てぃっ!」
手加減などと言う言葉が一切感じられない蹴りを、奴らに地面に叩きつけられた僕は一切防ぐ事が出来ずに食らう。何度も、執拗に、そして楽しそうに。彼らにとって僕は体の良いサンドバックでしかない。いや、サンドバックよりも、叩けば叩くほど苦悩の表情を浮かべるほうが、彼らの自尊心の上ではより楽しめるのだろう。
勿論、僕だってただやられている訳ではない。鳩尾や股間と言った急所は魔法で防いだ。とは言っても、気休め程度でしかないのだが。
「じゃあ、異端卿。そろそろ時間だな」
そう言って、ガキ大将達が離れる。そしてゆっくりと立ち上がる僕。
「今回はちょっとは持てよ」
「俺達が楽しめないからな」
「聞いてんのかよ、おい!」
僕がゆっくりと立ち上がるのを見てイラついたウノが僕に向かって、魔法によって作り出した風で作った、確かな力を持った弾をぶつけて来る。風の弾にぶつかり、無様に倒れる僕。それを見てガキ大将、ロイはその風の弾を作った取り巻きに怒りをぶつけた。
――――――風の弾によって攻撃した僕に対しての罪悪感? いや、違う。
「おい、ウノ! てめぇ、何攻撃してんだ! 攻撃するのは俺が先だろう!」
そう言って、ウノに対してこの町のガキ大将、ロイは頭に血管を浮き出すほど集中して自分の手に作った自分の拳サイズの赤く燃え上がる球を産み出し、それをウノに向かって投げつける。先程の風の弾よりも速いスピードで飛んだその炎の球は、困惑しているウノへと当たり、ウノの身体は一瞬にして火炎に包まれる。「熱い! 熱いぃぃぃぃぃ!」と痛みに対する苦悩の声を上げるウノだったが、その声はすぐに僕への罵倒に変わった。
「ヒュー! お前のせいで! お前のせいでこんな目に! 許さないからな! 明日は覚えて置けよ!」
そう言って、ウノは逃げまどいながら川へと飛びこんだ。
「はぁはぁ……。やっぱり中級魔術は疲れるぜ……」
「流石です、ロイ様! この村の子供で中級魔術を使えるのはロイ様だけです!」
「へへ……当たり前だ。なにせ、俺は勇者なんだからな。人より優れてて当然だ」
良く言うよ、と心の中で僕はそう思っていた。確かにこの村の子供は使えたとしても下級魔術が精々であり、ロイはその中で中級魔術を使えるほどの実力者だ。しかし、頭に血管を浮かび上がらせるほどの集中力と僕達よりも3歳年上、それでいて大人達から「中級に入った? ……いや、ぎりぎり? 中級に手をかけたくらい?」といつも疑問符を浮かべながら見られているのだから。正直、本当にさっきの火炎の球が中級魔術かどうかも怪しいくらいだ。もしかしたらただ威力のデカい下級魔術かも知れない。
と思ってはいても、僕は口に出さない。口に出したが最後、僕に対して行われる虐めの強さが変わるだけだ。それも酷い方向に。
「さぁ、このロイ様と相対する異端卿のヒューはどれくらいの実力なのかなぁ、クスクス……」
「さぁ、どうなんでしょうね、クスクス……」
ロイとその取り巻きのサノは、クスクスと忍び笑いを、いや完全に侮蔑の意味を込めた笑いをしていた。
「さぁ、使って見ろよ、お前の魔法を……!」
速く使えと言って来るロイに対して、渋っていた僕も嫌々ながら手をロイへと向ける。ここで何もしなければロイとサノがイラつき、攻撃による暴行を加えるだけだからだ。
(今日こそ! 今日こそちゃんと発動してくれ、僕の魔法!)
僕はそう心の中で、あいつらへの怒りと自分の魔法に対する期待を込めて、身体の中で雷の魔力を作り出し、そしてそれを腕へと移動させる。その瞬間、身体に電流が走った痛みが襲う。
「……っ!」
それでも僕は魔法の発動を止めず、手へと魔力を移動させる。この時、僕の身体は既に電流の痛みでふらふらだった。そして、僕はそれでも奴らへの怒りを込めて、その雷を――――――放った。
「……っ!!」
それと共に身体へと帰ってくる痛み。それは先程までの魔力の痛みよりも遥かに強力な物で、しかしそんなに痛みを伴いながら撃った雷の球は僕の想像以上に小さな、すぐに消えてしまいそうな雷で。
「まぁ、お前ならこんな物さ。プススス……!」
「そうだなぁ、ヒューはこの程度さ。プススス……!」
ロイはそう笑い、サノも笑いながら自身の得意属性である水の魔法で防御の膜を作り出す。その膜は僕の放った弱弱しい電撃を通すのを防ぐ、いや水の膜に当たった瞬間こちらの電撃が力なく消え去っていた。
それを見て僕は、もう痛みを抑える事が出来なくなり、膝を地面に付けて座り込む。肩から息を吐き、汗びっしょりかいたその様子を見て、ロイとサノはこらえ切れなくなったのか、笑いこけるくらい大げさに笑う。
「プハハハ! このロイ様が頭に血管を浮かべて中級魔術を出したのと比べるとしょぼいなぁ! お前はあのひょろいの一発、撃っただけで俺より疲れてるくせに!」
「全くですよ! 水は雷に弱いはずなのに、俺の水の壁で防がれるとかどんだけー!」
「いや、サノ。あれは単にぶつかって力尽きただけだぞ! プハハハハハ!」
「そうですよね。プハハハハハ!」
2人が笑い転がるのを見つつ、僕は地面にあおむけで倒れた。
――――――ヒューベルト・ランス。この勇者が生まれ育ったとされるフローリエで育って8年。自身の得意属性であるはずの雷の、しかも低級魔法ですら耐性がなくて反動で倒れてしまう、落ちこぼれである。




