第3話 腕利きの鍛冶屋
ミユキと離れてから十分ほど経っていた。
今は店が建ち並ぶ場所を歩いている。
他のプレイヤーたちの姿もちらほら見え始めていた。
シーザーとは終止無言で、僕は気まずさを覚えていた。
シーザーの方は別にそうでもなさそうだが。
僕は、それを紛らわそうと、景色に目を向けた。
店の外装はどれも木造で、武器屋や宿屋、八百屋まで現実世界で見る店からゲームで見る店など幅広い店が並んでいた。
道に生えた草は刈り取られているが、そうでない店の周りなどには、木や芝の緑や花の鮮やかな色がある。
「あら、シーザー。新しい教え子かい?」
不意にどこからか声が聞こえ、僕はあたりを見渡す。
「ああ、そうさねぇ。カケルってんだよ」
シーザーが声の主に近づいていく。主は、果物を売っているおばさんだった。
「ほら、挨拶しな」
シーザーに背中をつつかれる。
「あ、はい。カケルです。こんにちは」
「こんにちは。それにしても、久々やね、シーザー」
「ほんとだねぇ。最近はこの道は通ってないからねぇ」
シーザーとおばさんの会話が弾む。
僕は、その話に少し耳を傾けつつ、売っている果物を見た。
「あ、そうそう。さっきここをツナミちゃんが通ったよ」
「え、ツナミがかい?」
シーザーが驚く。
ツナミという人物が誰かを知らない僕は、気にせず果物を眺める。
いちごやみかん、ももなど、現実世界でもよく見る果物が並んでいる。
そんな中、現実世界にはおそらく存在しないであろう、異色の果物の姿があった。
「急いでいたみたいだから、声はかけていないけど……。あたしはもう歳だから目は悪いけど、でもあれは間違いなくツナミちゃんだったよ」
「そうかい。ツナミがねぇ……」
僕は、その果物に釘付けになっていた。
「あ、悪いね、カケル君。おばさん同士で盛り上がっちゃって。シーザー、あんたもしっかり仕事しなよ」
「待つことを覚えさせるのも仕事のうちさ。ねぇ、カケル」
「は、はあ……」
僕は苦笑いする。
ペットじゃあるまいし、そんな理不尽な……。
「そんな言い訳はいいから、さっさと仕事しな」
そんなシーザーをおばさんが一喝する。
「あ、そうそう。これ、持ってきな」
おばさんはそう言うと、僕が見ていた果物を手に取り、シーザー渡す。
「いいのかい? 悪いねぇ」
異色の果物、それは青いりんごだった。
と言っても、現実世界の青りんごとは違い、このりんごはしっかりとした青色をしている、文字通り“異色”の果物である。
青いりんごを受け取ったシーザーはおばさんに礼を言うと、そのりんごを投げ上げながら歩き出した。
置いていかれぬよう僕も後に続く。
「気をつけてねー」
背中に声を受け、僕は振り返る。
おばさんが手を振っていたので、僕も手を振り返した。
「ところで、そのりんごは何なんですか?」
おばさんの姿が見えなくなると、シーザーに問うた。
「ああ、これかい。食べてみるかい?」
シーザーは、りんごを僕に差し出す。
「いや、それはちょっと……」
僕は断る。いくらりんごだからと言っても、真っ青なりんごはさすがに気が引ける。
「そうだ。せっかくの機会だから、Dフォンの機能を一つ教えようかねぇ」
シーザーはポケットからDフォンを取り出し、なにやら弄りはじめた。
そして、持っていたりんごを宙に投げると、Dフォンを構えた。
刹那、パシャっとカメラのシャッターを切る音がすると、突然、持っていたりんごが光に変わる。
光は、シーザーのDフォンに吸い込まれるように消えていった。
「えっ!?」
僕は突然の事に戸惑いを隠せない。
りんごが、消えた……?
「これは、Dフォンのバッグカメラって機能で、カメラで撮った物体をDフォンに仕舞えるのさ。難しく言えば、このカメラで物体を撮ると、その物体がデータ情報に変わってDフォンに記録されるって仕組みだけれど、まあそんなものはどうでもいいさねぇ」
シーザーが得意げに語る。
ということは、青いりんごは今シーザーのDフォンの中にあるということか。
「じゃあ、取り出すにはどうすればいいんですか?」
僕は尋ねる。
「取り出しは簡単だよ」
シーザーはそう言うと、手の平を上に向ける。
すると、そこに光が現れ、集結して青いりんごを形成した。
「一度仕舞ってしまえば、後はりんごが欲しいと思えばDフォンが自動で取り出してくれるのさ。一度カメラで撮ったものは、再度仕舞いたい時に、仕舞いたいと願えばDフォンが自動で仕舞ってくれるようになるから、手にいれたものはとりあえず撮っておくといいよ」
再び青いりんごは光に変わり、Dフォンに吸い込まれていった。
シーザーが、仕舞いたいと願ったのだろう。
Dフォンの性能どんだけ良いんだよ。
「武器を仕舞っておいて、いざという時にすぐ取り出せるから便利だねぇ」
そういえば、シーザーは武器を持っている様子がない。
どこかに隠し持っているのかと、思っていたが――
――ん? そこで僕は気付く。
「そういえば、僕の武器はどこにあるんですか?」
確か昨日剣を注文したはずだが、その剣の姿はどこにもない。
それとも、Dフォンに入っているのだろうか。だとすれば……。
いでよ、僕の剣!
僕はそう心の中で願ったが、剣は出て来なかった。
本当は天高く手を上げて声に出して「いでよ、僕の剣!」と声を大にして高らかに言いたかったが、恥ずかしくてそんなことは出来るわけがなかった。
増してや、今みたいに出てこなかったら、恥ずかしいを通り越して顔から火を出し、顔面火傷を負っていたに違いない。
「今更気付いたのかい? あたしたちは今、あんたの武器を取りに向かってるんだよ」
シーザーが呆れる。
僕はてっきり、Dブレイカーのいる場所に向かっていると思っていたが、よくよく考えれば武器を持っていなかった。
武器がなければ、戦はできぬ、ではないか。
「ほら、丁度着いたよ」
シーザーが歩みを止めた先に、一軒の木造の店が建っていた。
金属で出来た小さな看板に剣の形の刻印があるので、おそらくは鍛冶屋だろう。
いつの間にか、周りにはこの店以外の建物はなくなっていて、人っ子一人姿は見えない。
植物の緑の中に、ぽつんと一つだけ薄い褐色の店が建っていた。
シーザーが店の扉を押して中に入る。
扉についている鐘が鳴り、僕たちを歓迎した。
「いらっしゃい……ってなんだ、シーザーか。久しぶりだな」
奥にいた角刈りで、たくましい顎鬚を蓄えたおじさんが、シーザーに声をかける。
何故こうも会う人会う人おじさんおばさんばかりなのだろうと、僕は思った。
ドリームワールドも高齢化社会なのだろうか。
「久しぶりだねぇ、ゲンゾウ。あたしじゃダメかい?」
「いや、悪い悪い。で、そいつが新しい教え子か?」
「そうさね。ほら、挨拶しな」
シーザーに背中を押される。
「カケルです。よろしくお願いします」
「俺はゲンゾウだ。よろしくな。ガッハッハ!」
ゲンゾウが大きな声で笑う。
僕は驚きつつも、咄嗟に耳を覆う。
あまりの大きさに、窓が震えていた。
「ゲンゾウ、あたしの教え子をびっくりさせないでおくれ」
「悪い悪い、癖なもんでな。ガッハッハ!」
シーザーが、やれやれとため息を漏らす。
僕も耳を塞ぎながら苦笑した。
「それで、剣のほうは出来てるのかい?」
「もちろんだ。今取ってくる」
そう言って、ゲンゾウが奥へ消える。
僕はその間、店を見渡す。
ここは鍛冶屋のはずだが、剣は数えるほどしか置いてない。
その数本の剣は、きらびやかな装飾がなされている物から、地味なもの物まで、デザインに統一性がない。
しかしどれも格好良く、素人目から見ても、その剣達は輝いて見えた。
剣自身が剣になれたことを誇らしく思っているようだ。
「ゲンゾウは、ドリームワールド内でも五本の指に入る腕利きの鍛冶屋だからねぇ」
僕が剣に見惚れているのを知ってか、シーザーが教えてくれる。
「そんな人の剣をもらえるんですか!?」
初心者ごときが、そんな高価なものをもらって良いのだろうかと思ってしまう。
「誰もあげるとは言ってないぜ」
奥からゲンゾウが剣を持ってやってくる。
「え、それって……」
僕はうろたえる。
昨日、ジェイが手配しておくと言っていた筈だが、もらえるんじゃないのか……?
「冗談だ。ここに来たばかりの初心者に金払えなんてひどい事は言わねえよ。ガッハッハ!」
ゲンゾウの言葉に、胸を撫で下ろす。
「冗談はいいから、はやくカケルに剣を渡してあげなよ」
シーザーがつっけんどんな口調で言う。
「おお、そうだったそうだった」
ゲンゾウから剣を手渡される。
「おお……」
僕は思わず感嘆をもらした。
持った感想としては、重い。
剣道部で竹刀を持ちなれている僕でも、ずっしりとした重みが感じられた。
剣の鞘は青を主体とし、白いラインが入っている。鍔は銀色でシンプルな作りになっている。
「抜いてみろ」
ゲンゾウにそう言われ、僕はゆっくりと鞘から剣身を抜く。
現れた剣身は、鋼の色ではなく、少し青みがかかった銀色をしていた。
モンスターを斬るために使うには惜しいくらい、綺麗な色だった。
その剣身に、僕はしばし見入った。
「綺麗だねぇ」
シーザーが呟く。
「この剣身は俺の自信作だからな。ガッハッハ!」
ゲンゾウが鼻の下を擦りながら、誇らしげに笑う。
この笑い声にもそろそろ慣れてきていた。
ピーピーピーピー
突然、Dフォンから音が鳴り、振動する。
「わわ……!?」
僕はびっくりして、思わず飛び跳ねる。
その拍子に、手の中から剣がすべる。だが、床に落ちる前にシーザーがそれをキャッチする。
「Dブレイカーが現れたのさ」
僕に剣を渡しながら、シーザーは続ける。
「剣も受け取った事だし、行こうかねぇ」
シーザーが店の扉に手をかける。
「え、あ、はい!」
僕は当惑しながらも返事をする。
店を出ると、シーザーは腹を揺らしながら走り出す。
見かけによらず、案外速い。
僕もゲンゾウに頭を下げると、シーザーに続いて走り出した。
「気をつけてな。ガッハッハ!」
ゲンゾウの笑い声は、走っている中でもよく聞き取れた。