第2話 ドリームワールド
次に目を開けたとき、そこには僕の知らない世界が広がっていた。
目の前には大きな時計台がある。
地面には芝の緑が、空には澄んだ青が広がっている。
服もパジャマではなく、いつの間にか軽鎧になっている。
「ここはどこだ……」
そう呟き、すぐに思い当たる。ドリームワールドだ。
「うそだろ……」
思わず呟いてしまう。
あると信じていたが、本当に来てしまった。
ここが、ドリームワールド……。
僕はある事を思い出し芝を走る。
VRMMORPG、体を動かすようにアバターを動かす、それを試したくなったのだ。
「すごい……!」
僕の体は、現実と同じように動いた。
コントローラーではなく、現実と同じ様に自分の脳がアバターを動かしている。
しっかりと地面を蹴る感覚がある。
風をきる感覚がある。
しかし、現実と同じ様に疲労もした。
僕は疲れて芝生に倒れこみ、荒い息をする。
芝の匂いが鼻をつく。
目に映る空はよく見ると、どこか違和感を感じた。
綺麗な青空には白い雲が浮かんでいるが、太陽の姿がなかった。
雲に隠れているのだろうか。
「ちょっといいかしら?」
声が聞こえ、僕は立ち上がり辺りを見回す。
時計台に、黒髪を腰のあたりまで伸ばした女性の姿があった。
「はい。なんですか……?」
返事をして、女性に駆け寄る。
「えっと……。カケル君、でいいかしら?」
女性に尋ねられ、昨日ドリームワールド内のプレイヤーネームをカケルにしたことを思い出す。
ということは間違いなくここはドリームワールドなのだ。
「そうです。カケルです」
僕、一之瀬翔、もといカケルはそう返事をする。
「ようこそ、ドリームワールドへ。私はミユキ。一応、このゲームのゲームマスターをやっているわ」
「ゲームマスターさんですか。――って、ゲームマスター!?」
僕は驚く。
僕はネットのオンラインゲームもよくやるので、この手の単語は知っていた。
“ゲームマスター”とは、ゲームなどの進行役の事で、マップを造り、そこにモンスターなどの敵を配置したり、ルールを設けたりすることを仕事としている。
そういうゲームバランスを調節することもあり、ゲームマスターは大抵の場合、ゲーム内で一番偉い存在だ。
ちなみに、ゲーム開発者のことをゲームマスターと呼ぶ場合もある。
その反応がおかしかったようで、ミユキは笑い出す。
「ゲームマスターというのは肩書きだけよ。ただ、一番最初にドリームワールドにやってきたのがたまたま私だったから、ゲームマスターといわれるようになっただけ。このゲームを作ったわけでも、ゲームバランスを調節しているわけでもない。ただ、新人さんに挨拶にまわるのと、ドリームワールドについて少し説明するだけ」
肩書きだけと言っているわりには、ちゃんと挨拶にまわるあたりゲームマスターらしい仕事はしっかりしているらしい。
「さて、それじゃあその仕事をしましょうか」
そう言うと、ミユキは仕事であるドリームワールドについての説明を始める。
「このドリームワールドでは、現実世界同様、体を動かす様に自分のアバターを動かす事ができるわ。でも、疲れや痛みというのも、現実世界と同様に存在するから注意してね。あと注意する事としては、ステータスやレベルなどがないことね」
「ステータスやレベルがない……?」
通常、RPGなどのゲームには、“ステータス”と呼ばれるものがある。主に、与えるダメ―ジに影響する攻撃力、受けるダメージを減らす防御力、どれだけのダメージを耐えられるかを表す体力があり、それらを合わせてステータスと呼ぶ。
“レベル”と言うのは、いわば熟練度のようなものでプレイヤーの強さを表す。レベルが高ければステータスは高くなってくるし、逆にレベルが低ければステータスも低くなる。
「じゃあ、何でダメージを与えるんですか?」
先ほど説明した通り、攻撃力は与えるダメージを決める重要なステータスの一つだ。
攻撃力がなければ敵にダメージを与えれないのではないのだろうか。
僕はそう疑問に思った。
「攻撃力がないからってダメージを与えられないと言う事はないわ。だって、現実の世界にステータスはある? レベルはある? それと同じよ。ドリームワールドはゲームと言うよりかは、世界観の違う現実の延長線上であると、私は考えているわ」
その解答で、僕は納得する。
確かに、現実世界にステータスなんてものはない。
けれど、攻撃すればダメージを与えられる。
レベルもないが、トレーニングすれば強くなれる。
灯台下暗しだ、ゲームにこだわっているとつい現実を忘れてしまう。
つまり、現実世界と大体は同じ要領で良いということか。
「他にも話したいことがあるのだけれど、私も忙しいから――」
「そこであたしの出番だねぇ」
いつの間にそこにいたのか、ミユキの横にはおばちゃんの姿があった。
ミユキも気付いていなかったようで、面食らっている。
「びっくりするから、突然現れないでもらえる?」
「突然って、あたしはずっとここにいたよ」
多分いなかったはずだ。
はあ、とミユキはため息をつき、僕のほうに向き直る。
「カケル君の職業はガーディアンだったわよね?」
「はい。そうだったと思います」
昨日の夢を思い出しながら、僕は答える。
通常、夢ははっきりとは記憶に残っていないものだが、昨日見たドリームワールドの夢はあたかも昨日現実に起こった出来事のように、鮮明に覚えていた。
「聞いているとは思うけれど、ガーディアンは、町や人々を襲うDブレイカーと戦って、町や人々を守るのが仕事。常に死と隣り合わせで危険な仕事よ。だから、新米の内は教官が指導してくれるの。まあ、チュートリアルみたいなものね」
死と隣合わせと言っても、高が知れているだろう。どうせ、スライムとかゴブリンとかで、たまに強いドラゴンがダンジョンにでてくるくらいだと、僕は考えた。
「それで、この人が教官……ですか?」
僕は尋ねる。
体型は中年太りなのかずんぐりしていて、髪は茶色のチリチリパーマ、さっきも言ったがおばちゃんだし、どこからどう見ても死と隣り合わせの仕事の教官のようには見えない。
「なんだい、その口調は? さては、頼りないとか思ってるんじゃないだろうねぇ?」
そっちこそ、その特徴的な口調はなんだと聞きたくなる。その『ねぇ』が間が抜けていて、いっそう頼りなく見えるのだ。
「そうさ、あたしがあんたの教官のシーザーさ。よろしくねぇ」
「よ、よろしくお願いします……」
本当に大丈夫なのだろうか、この人は……。カケルの心は不安で満たされていく。
「そうだ。渡す物があったわ」
ミユキが、ポケットからスマートフォン様なものを取り出し、それを僕は受け取る。
「なんですか、これ……?」
「それはDフォンと言って、ドリームワールドで生きていくのに、またガーディアンの仕事をする上で重要になってくるわ。
電話、メールはもちろん、ログアウトするのにも使うのよ。
Dフォンの電源をおとせば、ドリームワールドからログアウトして現実世界に戻れるわ。
だからその時以外は、ちゃんと電源はつけっぱなしにしておいてね。
それと、ログアウトの方法はこれしかないから、覚えておいてね」
「分かりました」
僕は少しDフォンを弄ってみる。
地図やカメラなどの機能もあるようだ。
「これで、私からは以上。大分沢山話したけれど、大体分かってくれたかしら?」
「えっと……。少しは分かった気がします」
細かい事は置いておいて、今回分かったことは、アバターは体を動かすように動かせること。
疲れや痛みを感じること。
ステータスやレベルがないこと。
最初の内は教官がつき、その教官がシーザーだと言うこと。
Dフォンでログアウトできるということ。
そして、大前提としてここがドリームワールドであることだ。
「まあ、最初はそんなものよね。何か分からないことがあれば、教官に聞くのよ」
ミユキはそう言い、僕に近づくと小声でささやく。
「正直、シーザーが教官だと、いろいろ苦労が耐えないでしょうけど、頑張ってね」
いたずらっぽい笑みを浮かべる、彼女。
僕は苦笑を返した。
まったく、ただでさえこっちは不安だと言うのに、やめて欲しい……。
というか、そう思っているなら何とかしてくれよ。
あんたゲームマスターだろ……。
「何こそこそしてるんだい? 話が終わったんなら、行くよ」
シーザーは不服そうな顔をしている。
どうやら、早く出発したいらしい。
「いいわよ、もう連れて行っても。それじゃあ、健闘を祈ってるわ、カケル君」
「はい、ありがとうございます!」
僕は頭を下げる。
「それじゃあ行くよ、カケル」
シーザーが歩き始める。
「はい!」
不安と期待に胸を膨らませながら、僕は一歩を踏み出す。
一陣の風が吹き、地面の芝を揺らすとともに僕の背中を押した。