第0話 勧誘
ゆっくりと目を開ける。
白い天井に白い壁、白い床……。
僕は、一面真っ白い部屋にいた。
その中央には白い机と、それをはさんで向かい合うように白いイスが置いてある。
深閑として生気の感じられない白い空間に、僕は気味の悪さを覚えた。
「一之瀬翔さんですね」
奥のイスには、白衣を着た男の姿があった。
その男はこちらに気が付くと微笑み、そう言った。
「は、はい……。そうですけど……」
一応返事をしたものの、僕はこの状況を飲み込めずにいた。
なぜここにいるのか、さっきまで何をしていたのか、まったく覚えていなかった。
当然こんな場所に来たのは初めてだし、男と会うのも初めてだ。
何故男が僕の名前を知っているのか、それも謎だ。
「戸惑っているようですが、とりあえずお座りください」
男が立ち上がり、向かい側にあるイスを指し示す。
イスに何か仕込んであるのではないかと疑いながらも、とりあえず言われるがまま、僕は軽く頭を下げ、自分から見て手前のイスに座る。
幸い、何も起こらなかった。
僕が座るのに合わせて、男もゆっくりと腰掛けた。
「では、まず自己紹介のほうを。私はジェイと言います。以後お見知りおきを」
「一之瀬翔です。それで、ここは……?」
いろいろと聞きたい事はある。僕はまず、一番気になっている現在地を尋ねる。
「ここはドリームワールド。簡単に言えば夢の中です」
ジェイの口から『夢の中』という単語が出た瞬間に、僕は安堵した。
夢ならば、覚めれば済むことだ。
しかし、ジェイは付け足して言った。
「ただ、ドリームワールドはただの夢とは違うんです」
「じゃあ、どんな夢なんですか?」
ジェイがもったいぶって言うので、尋ねざるを得なかった。
「よく聞いてくれました。それを説明するのが私の役割ですからね」
そう言うと、ジェイが説明を始めた。
「ドリームワールドとは、眠ることによってログインできるゲームのような物です。別名“夢中のMMORPG”とも呼ばれています。ドリームワールドにいる人々はプレイヤーと呼ばれ、ドリームワールドには、常に一万人のプレイヤーがいるようになっています。死んだりしてドリームワールドにログインできなくなると、ドリームワールドに行ったことがない人の中からランダムに選ばれた人が、代わりにドリームワールドに新規登録ができるようになる。あなたの場合も同じです」
なんだ、ゲームか。僕は肩を撫で下ろす。
“MMORPG”とは、多人数同時参加型のオンラインロールプレイングゲームの事である。
「ドリームワールドについてはご理解いただけましたか?」
「まあ、大体は……」
「それでは、本題に入りたいと思います。単刀直入に聞きますが、ドリームワールドに登録しますか? もちろん強制ではないので、拒否してもらって構いませんよ」
ジェイが言う。
「いえ、やりたいです! 登録します!」
僕は即答した。
難しいことは分からないが、なんだか面白そうだと思った。
僕は説明書を読まずに、すぐゲームをプレイするタイプの人間なのだ。
嫌になったらやめればいいし、とりあえずやってみたほうが早い。
「ありがとうございます。では、まずプレイヤーネームをお決めください」
僕は少し考える。
「なら、名前はカケルにします。ゲームとかでもよく使ってますし」
ゲームで使う名前は、大抵カケルにしてある。
由来は、翔という感じを訓読みすると、かけるとなる所からきている。
「では、名前はカケルということで」
ジェイが、紙になにやら書き込む。
と言っても、大方想像はつく。
「次は、職業を決めていただきたいのですが、物を作る職業とモンスターを倒す職業がありますがどちらのほうがいいですか?」
「モンスターを倒す方がいいです」
剣を作ったりするのも楽しいと思うが、やっぱりRPGの醍醐味はモンスターをなぎ倒すことだろう。
「というか、モンスターがいるんですか?」
「はい。ドリームワールドにはDブレイカーというモンスターがいるんです。それを倒す職業としてガーディアンという職業があります」
ガーディアン、たしか守護者という意味だ。
Dブレイカーの脅威からドリームワールドを守る守護者といった所か。
「じゃあ、それにします」
「では、職業はガーディアンで。最後に、武器はどうしましょう?」
武器まで選ばせてもらえるのか、と僕は感心する。
「何がありますか?」
「言ってくれれば、何でも用意しますよ」
僕は考える。
僕は銃や弓のような飛び道具よりも、剣や槍の方が好きだ。
さらに言うと、槍や斧よりも剣や刀の方が好きだ。
ということで、僕は剣と刀で迷う。
「剣がいいです。いいですか?」
迷った挙句、僕は王道の剣を選んだ。
何でもいいと言われたので変わったものにしようかとも思ったが、やっぱり僕は剣が好きなのだ。
「剣ですか。分かりました。では、これで手続きは完了です。質問等はありますか?」
「質問、ですか……」
僕は一つ思いつくものがあった。
「容姿はどうなるんですか?」
「容姿は、一番最初にドリームワールドにログインした時、つまり次にあなたがログインした時のものがダイレクトに反応されます。ですが、気にしなくても結構です。ドリームワールド内でいくらでも変更が可能ですから」
どうやら、ドリームワールド内でも、アバターアイテムなるものがあるらしい。容姿に関しては、さほど気にする必要がなさそうだ。
“アバターアイテム”と言うのは、服や、髪型、髪色などを変えるアイテムのことだ。
現実にあるものに例えると、髪染めやかつらと言ったところだ。
メガネや、付け髭などもアバターアイテムの一つになる。
「やっぱり、スキルはあるんですか?」
僕はもう一つ質問した。
“スキル”とは、ゲーム内で使える特殊技能のことで、攻撃力や防御力を上昇させる効果のあるものや、相手に直接ダメージを与えるものなどがある。
もちろんだが、この言葉は、英語で技を指す『skill』からきている。
「スキルはもちろんあります。ですが、自分で作る必要があります」
「ど、どういうことですか」
僕は戸惑う。
「ドリームワールドは夢中のMMORPGと呼ばれていると言いましたが、本当はMMORPGというより、VRMMORPGの方が正しいのです」
「VRMMORPG?」
そんなゲームのジャンル、聞いたことがなかった。
「Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Gameのことです。コントローラーなどでアバターを動かす通常のMMORPGとは違い、自分自身がアバターとしてゲーム内に入り込んで自身の体を動かすようにアバターを動かす、それがVRMMORPGです。そのシステムを生かすために決まったスキルがなく、自分で好きなように作る事ができます」
「へぇー。面白そうですね!」
僕はいつの間にか興奮していた。今すぐにやりたい気分だ。
“アバター”とは、ゲーム上で自分の分身として動かすキャラクターのことである。
「私がドリームワールドを造ったわけではありませんが、そう言って頂けると光栄です」
ジェイがふっと微笑む。
「それで、まだ質問はありますか?」
僕は少し考える。
「いえ、もう大丈夫です。たぶん」
まだありそうな感じだが、思いつかない。
「まあ、ドリームワールド内でも質問可能ですからね。では、もうやることは済んだので、あなたを現実世界にお返ししましょう。あ、一つ言い忘れましたが、ここでのことは現実世界で誰にも言わないようにしてください。絶対にですよ」
「あ、はい」
なぜかと聞きたかったが、聞いてはいけないような気がして聞くことをためらった。なぜなら、ジェイは笑顔だったが、その笑顔が怖かったからだ。
「じゃあ、早速やりたいんですけど」
「申し訳ありません。今日はまだ出来ないんです。こっちで設定などをしなくてはなりませんので……」
「そうなんですか……」
僕はがっくりと肩を落とす。
「明日には出来るようになりますので、それまでのお楽しみということで。では、明日からの健闘を祈ります」
そう言うと、ジェイは指を鳴らした。
すると、辺りが真っ暗になって――