歯がゆい
協会事務所の窓から飛び降りたカケルは、まず相手の人数を確認した。
「・・・全員いるな。じゃあ、始めるか?」
「貴様、何者だ?」
クニミツが両手をブラブラさせながら言う。他の五人は、それぞれ銃を構えていた。
「あの娘の、ちょっとした知り合いだ。そっちこそ、シオリに何の用だ」
「質問しているのは、こっちだ。何故、我々の邪魔をする?」
クニミツは、柄に手を添え、臨戦態勢のまま、カケルに問う。カケルは、クニミツと他の五人の動きを窺いながら、こちらも臨戦態勢で応えた。
「相談事があって訪ねて来たら、大の男が六人、それも物騒な物ぶらさげて、恐喝紛いに詰め寄ってる。その時点で、お前ら、アウトだろ」
「身の程知らずが。痛い目に遇いたいか!」
クニミツの言葉を合図に、五人は、カケルを取り囲むように移動した。そのうちの一人が発砲する。と、カケルの姿が、また、掻き消えた。
「また、消えたぞ!」
「どうなってる?、奴は何処だ!」
「街中で、発砲って・・・危ないだろ。これだから素人は・・・」
目標を見失って右往左往する拳銃男の一人の背後に、カケルは、いきなり現れると、素早く頸を極めておとした。
「あと四丁。拳銃は全部、預からせてもらう」
「ほざけ!」
四つの銃が、一斉にカケルに向かって火を吐いた。が、カケルの姿は、またしても掻き消え、次の瞬間には、一人、また一人と無効化されていく。最後の一人、胸ぐら掴みのソメヤをおとして、五丁、全てを回収すると、カケルは、連中の車のドアを蹴破って、銃を放り込んだ。
「さて、刀男。どうする? まだ、やるか?」
「貴様・・・人ではないな。物の怪の類か?」
「あんたら、人から見たら、そうみたいだ。始末に困る危険なモノ、だからな」
クニミツは、間合いを測りながら、油断無く言う。
「なるほど。管理機構の始末屋、か」
「ま、そんなトコだ。それで、どうすんだよ。やるのか、やらないのか」
「部下をやられて、黙っている訳が無いであろう?」
「そんなに、部下思いな感じには見えないぞ」
「確かにな。何かあると、すぐに飛び道具に頼りたがる輩は、どうにも好きになれなくてな」
クニミツの言葉に、カケルは、妙に苛立ちを感じた。
「それで日本刀か? 丸腰の娘、相手に、抜こうとしていたヤツが、何、言ってんだ」
「斬るつもりはなかったよ。しかし、あまりに見事なタンカを切るものでな」
「弱者に向けるなら、銃も刀も同じようなモンだ。もういい。来いよ」
カケルの言葉が、場の空気を変えた。間合いを測って移動していた足を止め、ただ、そこに立って、クニミツを睨みつける。クニミツは、居合抜きの構えのまま、ゆっくりと、間合いを詰める。
「フッ!!」
間合いに入った瞬間、クニミツは抜刀したが、斬ることはできなかった。切っ先は、少しの手応えもなく、カケルの体をすり抜け、振りきってしまう。その隙を突くように、カケルは右の拳を繰り出した。
「そんな大振りが当たるか!」
クニミツは刀を返さず柄頭で、大股に踏み込んだ、カケルの頸を狙う。それを屈んでかわすと、カケルの体は、クニミツの懐深くに、潜り込んでいた。
・・・吹き飛べ!
カケルの左拳が、クニミツの脇腹を突く。危険を感じたクニミツは、カケルが拳を突き通す前に、後ろに跳んで、痛む脇腹を押えながら言う。
「わずか数センチで、この威力。加えて、その迅さ。恐ろしいな」
「笑いながら、言うことじゃないだろ。当たった瞬間に、わざと後ろに跳んで、衝撃を逃した。やるな」
カケルの口元からも笑みがこぼれる。眼が緋色に染まる。一瞬の間の後、クニミツの上段打ちが襲いかかった。カケルは、半身でそれをかわし、またもや間合いを詰めようとするが、クニミツの刀は、速度を落とさず、途中で軌道を変えて、斜めに跳ね上がった。
ギン!!
刃がカチ合う音が響いた。カケルの手には、脇差ほどの長さの、妙な拵えの刀があった。小さな鍔と柄が刀身と一体構造になっている。
「人間相手に、これを抜いたの、あんたが二人目だ」
「それは褒め言葉か?」
「もちろん!」
しかし、クニミツの表情は険しいままだ。逆に、カケルは笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした口調で続ける。
「どうする? 俺もこんな卑怯技は使いたくないが、抜いてしまったものは仕方ない。続けても良いけど、あんたの刀は、もう、使い物にならんだろ」
クニミツの刀は、刀身の中程から切っ先まで、刃こぼれでボロボロになっていた。苦々しい顔のまま、クニミツは言う。
「武器破壊とは、恐れ入る。しかし、そのふざけた拵えの刀、何処から出した」
「右手が触れることができる地肌なら、何処からでも」
「全身、仕込杖か? でたらめな身体だ」
「まったくだ。俺も、そう思うよ」
クニミツは、ため息混じりに、刀を鞘に納め、表情を和らげて、カケルに告げた。
「仕方あるまい。この場は退こう。だが、・・・」
クニミツは、再び、カケルを睨みつけて言った。
「このままでは済まさん。近々、手合わせ戴く。良いな!」
「はいはい。その時は最初から抜くぞ」
「そう願おう。では」
そう言って踵を返すと、クニミツは、地面にのびている部下を蹴り飛ばし、車に乗り込むように促した。全員が乗り込んだのを確かめると、カケルに一瞥を投げ、助手席に乗り込む。連中の車は、外れたドアを放置して、駐車場から出て行った。
その様子を見ながら、カケルは、刀を左の掌に吸い込ませて、鑑定協会の窓を見た。シオリが、小さく手を振っている。こちらも手を挙げてそれに応えた。
カケルは、もう一度、黒服たちの車の方を振り返る。ちょうど交差点に差し掛かったところで、すぐに見えなくなった。辺りを見渡して、変なところがないか確認しながら、鑑定協会の窓に近づく。カケルは、もう一度、後ろを確認してから、窓枠に飛び移った。窓際に居たシオリが驚いて、後退る。
「お、おかえり・・・ご苦労様・・・なのかな・・・?」
「お、おう。・・・ただいま・・・」
二人が、変な挨拶をかわしていると、突然、歓声が沸き起こった。
「おおお! 凄ぇぞ、にぃちゃん!」
「強ぇえ! 何なんだ、あのスピード!」
「か、神や! ケンカの神!」
「シオリちゃんのタンカもカッコよかったぁ!」
さして広くない事務所に、かなりの人数の野次馬が居た。二人は、はしゃぐ野次馬たちに取り囲まれ、身動きが取れなくなりそうだった。
「カ、カケル・・・とにかく、外に出ない?」
「そうだな。・・・はぁい! 皆さぁん! 開けてください! 通りまぁす!」
カケルはシオリの肩を抱きかかえ、群がる人々を押し退けながら進んだ。ドアを出ても、野次馬は居た。花道状態の廊下を、二人は、小さくなって進み、やっと開放されたのは、右に折れて階段を降りた自販機の前だった。
「ふえー、ビックリしたぁ。結構、人、居たんだなぁ」
階段上の廊下からは、まだ、騒いでいる声が聞こえていた。野次馬がやって来ないか、後ろを振り返って様子を窺っていると、シオリが背中にしがみつくのを感じた。上着を掴む手が震えている。驚いて向き直ろうとすると、シオリが小さな声で言った。
「お願い。・・・少し、このままで居させて」
「い、良いけど・・・どした?」
「今になって、ふ、震えが・・・。ホントは・・・凄く恐かったの」
「そりゃ、そうだ。・・・何にしても、間に合って良かった。怪我してないよな?」
「うん、平気。・・・ありがと。守ってくれて・・・」
こんな時、どうすべきなんだろう。カケルは、手持ち無沙汰な両手を握り締め、ただ、無言でジッとしているしかなかった。やけに永い数分が過ぎ、ようやく、シオリは、深呼吸を何回か繰り返して、言った。
「・・・やっと落ち着いた。もう大丈夫。・・・ごめんね」
シオリが、掴んでいた上着を放す。カケルは、向き直って、シオリを見た。
「は、恥ずかしいな。・・・あんまり見ないで」
シオリは、はにかんで、うつむいた。カケルは、シオリの口元が笑っているのを見て、ホッとする。
・・・何だよ、これ。昨日から、やたら来てないか? このパターン・・・。
「それにしても、・・・ホント強いんだね、カケルって」
お、おっと、何の話だ? 持て余し気味の感情に呆けていたカケルに、シオリが話しかけた。
「あ? ああ。・・・ケンカならね。けど、それ以外は、からっきしだ」
「からっきし? 何のコト?」
装備を使いこなせずに道に迷い、人間相手に刀を抜く。挙句の果てに、たかが女の子の様子に、気持ちを振り回されている。バカっぷりは変わらないのに、揺るがなかった自分は何処へ行ったのか。カケルは、今ひとつコシが入ってない、自分の言動が歯がゆくて仕方がない。
「いや。・・・何でもない」
・・・しっかりしろ、俺! やること、あるんだろが!
監視対象物と保護目標の居所を特定しなければならない。それも、できるだけ早く。問題は、探査作業に必要な時間が、どのくらいなのか見当もつかないことだ。そんな考えに集中することで、半ば無理矢理、気分を変える。仕事だ! 仕事しろ!
「・・・カケル?」
シオリは心配そうに、様子がおかしいカケルの顔を覗き込む。その視線に、すぐに気づいたカケルは、眼を逸らさないよう、必死でシオリの眼を見て言った。
「実は、シオリに相談したいコトがあって来た。時間、取れないか?」
「うん。鑑定協会の理事長と、打ち合わせの約束があるから、その後でも良い?」
「鑑定協会理事長か。シオリの直接の依頼主、だよな」
「うん。それが何?」
カケルは、一旦、視線を外して、大きく息を吸ってから、シオリの眼を見詰め直した。あのまっすぐな眼差しが、カケルを捉えている。カケルは、負けじとシオリを見詰めて言った。
「鑑定協会に今回の遺失物探査を依頼したのは、俺の登録先で雇い主の特殊危険物管理機構だ」
「えっ? じゃあ、カケルも・・・」
「そうなんだ。シオリが見つけて、俺が確保する。シオリも俺も、実は、同じモノを追っていたんだよ」