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緋と銀  作者: あくたじん
21/38

寒い 5

「待ちなっ! シオリ!!」


 土手を駆け下りていくシオリを、ヤヨイは、追いかけようとした。だが、手を掴まれ、とめられたのだ。


「ダメよ! ヤヨイちゃん、追ってはダメ」


「カスミさん。何で・・・!!」


 ヤヨイを見上げるカスミの眼は、不安に揺らいでいた。なのに、シオリを追うな、と言う。ワケが解らない。


「ヤヨイちゃん、お願い。これは、転機なの。この先、あの娘が、生きるために闘えるかどうか、の。それに、カケルさんを見極めなきゃいけない」


「転機だの、見極めるだの、何を呑気なこと言ってんだい! シオリが敵う相手じゃない! 雑妖の、しかも、本体なんだ! シオリを守るのが先だ!」


 ヤヨイは、利き腕を掴むカスミの手を振り払おうとした。しかし、カスミは、ヤヨイの右手にしがみついて、それを許さない。


「ダメ! 今、シオリを守るのは、天塚守のカケルでなくてはならない。あなたじゃないの。分かって!」


「こんな時まで、占いかい? ふざけんじゃないよ! 自分の孫を危険に晒すって、あんた、正気なのかい?!」


 そう言いながら、デッキブラシを振りかぶり、雑妖本体に向かって走るシオリから、カスミに視線を移した。そして、ヤヨイは、息を呑んだ。カスミの形相は、鬼のそれ、だったのだ。


「シオリに、傷ひとつでも負わせるようなことがあれば、わたしは、カケルさんを・・・あの男を呪い殺す。一瞬で殺す。もう、仕込みは、してある・・・」


 声色すら、いつものカスミではなかった。ヤヨイは、肝が凍りついていく感じがした。


「その時は、雑妖を討ちなさい。そのためにも、無駄弾は撃たせない。解った?」


 カスミは、そう言って、ゆっくりと、手を放した。そして、世界最強のまじない師は、鬼の形相のままで、立ち上がろうと、もがくカケルを睨む。


「見なさい、あれを。彼は、あんなになっても、まだ、雑妖を見据えて、刀を放さない。あなたも感じた筈よ。あれこそが、彼の強さ。まるで・・・」


 言葉を切って、ヤヨイを見た。いつもの穏やかなカスミだった。


「まるで・・・一振りの刀、ね。そうでしょう?」




「バッカヤロ、何で、出てくんだ・・・」


 カケルは、雑妖を見据えている。グニャグニャは何とか治まった。だが、グラグラが治まらない。チクショウ! 何で立てない?! 右肩を見て、カケルは理解した。


 傷があった。大きく開いて、骨が見えている。あの時、右肩を貫いた水の針が、その太さ分の組織をごっそりと破壊しながら、上に抜けたのだ。それは、つまり、右腕が使えなくなった、ということを意味する。思ったように動かなくなっているのだ。体を支えたつもりでも、力を入れるとデタラメに動く右腕は、違った動きをする。だから、立てない。


 カケルは、右手を使わずに、立ち上がった。グラグラは、まだ残っているが、無視することにして、雑妖に向かって地面を蹴った。


「シオリっ・・・!!」


 まっすぐ走れる。いける! と、思ったのは、一瞬だけだった。視界が、グラリとして、カケルは、左に転がってしまう。


 シオリは、敵の数歩手前で飛び上がり、渾身の力で殴りかかる。彼女のデッキブラシは、叫び声を上げようと大口を開けた、雑妖本体のガラ空きの顔面に、見事にヒットし、折れた。しかし・・・。


「ぐ、ぐひゃぁああっ!!・・・ぎ、ぎんめぇぇぇ・・・!!」


 ガシッ!


 シオリの一撃など、無かったかのように、雑妖本体は、空中の小柄な体を、捕まえる。


「あぅっ!」


 シオリは、帯の辺りを、雑妖に両手で締めあげられ、苦しそうに、もがいていた。だが、すぐに様子がおかしくなった。太い腕に、手を当てたまま、もがくのをやめ、雑妖を睨みつけると、急に視線を足元に落としたのだ。そして、何かを辿るように、地面に沿って、視線を動かしている。


 時々、グラリとする視界に映る、その様子を見ながら、カケルは思った。雑妖に触れて、・・・繋がりを辿ってる? 急所を・・・探してるのか?


 そのうち、川下の方の、どこか一点を見据えると、また、もがき始めた。見つけたのか? カケルは、もう一度、立ち上がり、激しく頭を振った。


「キャッ!」


 雑妖本体が、いきなり手を放した。地面に尻餅をついたシオリに、雑妖の、おぞましい顔が近づいてくる。思わず、息を呑んで、顔をそむけてしまった。バケモノは、シオリの首を、片手で鷲掴みにすると、前のめりの背筋を伸ばし、勝ち誇ったように、天に掲げた。


「ぁぐ、・・・ぐぅっ!」


「お、おんな・・・くう・・・くう・・・ぎんめ・・・もらう・・・もらう・・・し、しぅししゃしゃしゃっ!!」


 シオリは、意識を切らさないように、心で叫びながら、必死で、自分の首を掴む雑妖の腕にしがみついた。


 ・・・カケルっ! 見つけたっ! コイツの急所、見つけたの! カケルっ!


 カケルは身体を低くし、地面を蹴る。グラグラは綺麗サッパリ忘れ去った。雑妖本体と、吊り上げられたシオリの間、その僅かな空間に、瞬時に飛び込む。シオリを吊るすバケモノの腕、肘の一点に集中し、全身の力と、飛び込んだ勢いを右脇に構えた刀の切っ先に、込める! 溜める!


「・・・っの、シオリに・・・触るなっ!」


 パンッ!!


 乾いた破裂音と、銀色の閃光が二本。カケルは、咳き込むシオリを左腕に抱え、川下に向かって跳ぶ。背後で、右肘と左足首を切断された、雑妖本体の巨体が倒れる音がした。


「カケル、手をっ! 視界、繋ぐから!」


 着地と同時に、シオリの手を取って、眼を閉じる。


「見て! 水際の大きな岩。その割れ目の奥!」


「つかまれ! 走るぞ!」


 川の水際、いくつか並んだ岩のひとつだけに、ピントが合っていた。シオリの細い腰を抱え寄せた時、彼女は眼を見張った。同時に、背後に殺気を感じたカケルは、振り向かず、そのまま、岩に向かって飛び出す。間一髪で、雑妖本体の拳が地面に突き刺さった。


「ぎゅぎゃぎゃぎゃっ!・・・おんな・・・くう・・・くわせろ・・・ぎ、ぎんめぇぇっ!」


 切断された傷の痛みからか、雑妖本体は、地面を、のたうち回る。シオリは、岩の前で立ち止まったカケルから飛び降りて、大きな割れ目のある岩を指した。


「この岩よ!」


 カケルは岩に取り付いて、奥を覗きこんだ。確かに、茶色い、何かがあるようだ。しかし、割れ目は狭くて、手が入らない。刀を突っ込んでみたが、こっちは、長さが足りなくて、届かない。


「どうするっ? これじゃ・・・!」


 カケルは、岩のあちこちに手を当てると、川下側の低い位置にある一点に指を突き立てた。


「シオリっ、此処に印を!」


 シオリは、浴衣の袖を川に浸し、人差し指に被せて、身を屈め、カケルの指のあとにシミをつけた。


「これで良い?!」


「充分! 俺の後ろへ! 岩を砕く!」


「っ! カケルっ! 雑妖が・・・」


 カケルの背後にまわったシオリが、川上を見て言った。デタラメな叫び声をあげ、のたうち回っていた雑妖本体の首が、グリンっと、こちらに向いたのが見えた。が、カケルは、岩につけたシミに集中する。息を大きく吸い込みながら、体を縮めた。そうして、効かない右肩以外の全身にチカラを溜める。地面を這い迫る雑妖本体が、立ち上がって、左拳を振りかぶっていた。


「ふっ!! だっ!!」


 短く、鋭く、息を吐く。顎の左に構えた刀の切っ先は、瞬時に、岩につけたシミの真ん中に突き立った。すぐに、残りを一気に吐き出し、柄頭に添えた左の掌から、溜め込んだ力の全てを叩き込む。雑妖本体が繰り出した拳が、迫っていた。


 パキ、ィィィィィン・・・バンッ!!!


 岩が爆発したように、内側から砕けた。飛び散る破片の中に、錆びて、ひしゃげた空き缶があった。空中に舞い上がったそれを、雑妖本体の拳ごと一閃する。そして、カケルは、切っ先の勢いのまま、バケモノに背を向け、地面を蹴って、屈みこんだままのシオリを懐深く、庇うように抱え込んだ。


「ぎぃっ! ぎぃんめぇぇぇ!」


 ピシピシピシッ・・・ッ・・・バスンッ!! ザザザザザ・・・・


 雑妖本体は灰となり、風上からの突風といっしょに、ふたりに吹きつけた。


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