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緋と銀  作者: あくたじん
13/38

ほとんどいない 2


「お待たせ!」


「おう。どうだった? 鞘の紐は」


 着替えを済ませたシオリが、大窓から出てきた。カスミの姿が見えない。カケルは、二之鏡のシャッターを外しながら、シオリに尋ねる。


「あれ? ばあちゃんは?」


「もう少し、鞘と紐を調べたいんだってさ。なんだか、真剣な顔して・・・やっぱり、いろいろ、複雑みたい」


「ふーん・・・」


 シオリは横倒しにされた二輪車に近付き、白手袋をはめた手で、ソっと、鏡を撫でた。何やら耳を澄まして、カケルには聞こえない声を聞き、クスッと笑うと、振り向いてカケルを見た。


「カケル兄ちゃんと、話したいって。どうする?」


「ど、どうする、って、・・・そんなコト、出来るのか?」


「うん。こっちにしゃがんで、わたしの右手を取って。眼は閉じてて」


 言われた通りに、シオリの隣にしゃがむと、カケルはシオリの手を取って、眼を閉じた。


「わたしが聞いてる声と見てるもの、カケルに繋ぐよ。いい?」


「お、おう」


 返事をすると同時に、眼球の奥が圧迫されるような痛みが湧き出し、甲高い耳鳴りがした。


「眼を開けて。ほら、鏡の上・・・」


 そこには、五、六歳くらいの男の子と女の子が座っていた。


「・・・やあ、カケル兄ちゃん。やっと、会えたね!」


「お前・・・壱之鏡か?」


「うん。イチノカガミ、って呼びにくいね。イチローでいいよ」


「イチロー、って・・・。じゃあ、二之鏡は?」


 シオリが、また、クスッと笑ったが、会話に割り込んではこなかった。イチローが言う。


「二之鏡は、僕の双子の妹なんだ。だから、フミ、かな?」


「イチローとフミ、か・・・。まさか、こうやって話せるとは、思ってもみなかったよ。よろしくな」


「こっちこそ、よろしくだよ。実はね。カケル兄ちゃんに、お礼が言いたかったんだ」


「お礼? 何の・・・」


「僕らに車輪をつけてくれて、ありがとう。やっと、退屈から開放されて、しかも、いつも、フミと一緒にいられる。誰にも迷惑かけないし。良い事ずくめでさ。ホント、ありがと、だよ」


「おいおい、えらい褒め様だが、車輪をつけたのは俺じゃないぞ。高回転、高出力と聞いて、エンジンを思いついたのは、確かに俺だが」


「なら、やっぱり、カケル兄ちゃんのおかげだよ。・・・な? フミ」


 カケルは、シオリを見た。彼女は微笑んで、頷いた。


「でも、イチロー君。鏡なのに、鏡として使われなくて、嫌じゃないの?」


 シオリが問うと、イチローは、さっぱりとした口調で答えた。


「鏡なんて、良いコト、ひとつもなかったよ。フミとは、離ればなれだったし、ずーっと同じ場所で、見たくもない顔、映してさ。あんまり退屈だったから、つい、イタズラしちゃったんだ」


「聞いた話じゃ、イタズラで済むような、可愛いもんじゃ、なかったぞ。心を病んで、自殺寸前まで、追い詰められたヒトがいたとか」


「ふーん。アイツ、死ななかったんだ。見てくればっか気にして、ココロ、真っ黒。死にかけたんなら、いじめっ子は、止めたかな? ま、どーでも良いけどね」


 どうやら、イチローには、彼を覗いた者の内面が見えるらしい。しかも、見る者の心を蝕むようなことが出来るなら、危険なことに変わりはない。カケルは言った。


「あんまり、物騒なコト、言うな。お前ら、もう、危険物じゃないんだから」


「解ってるって。それに、こうして、車輪の中にいれば、変なものも映り込まないし、イタズラのしようがないでしょ」


 イチローとフミが、ケタケタと笑う。しかし、シオリは、まだ、納得しきれていないようだった。イチローが言う。


「シオリ姉ちゃん、そんな顔しないで。僕らは、映したいものだけを映して、回りたいから回ってる。鏡としては、役立たずだ」


「役立たず、って・・・ホントにそれで良いの?」


「それが良いんだよ、僕達は。所詮は、道具だもん。役立たずを捨てるのも、何とかして使うのも、使う人次第。少なくとも僕達は、車輪として、兄ちゃん達の役に立ってる。それで充分だよ。人の顔を映す役に未練は無い」


 フミもシオリに頷いてみせる。やっと、シオリも納得したようだった。


「解った。あなた達が、車輪の役に納得してるなら、もう、何も言わない」


 シオリは、イチローとフミの頭を撫でるような仕草をした。幼い姿の二人は、シオリに優しく笑いかけている。


「・・・じゃあ、イチローにフミ、閉めるぞ。いいか?」


「うん。じゃ、またね。・・・シオリ姉ちゃん、ありがと。楽しかったよ」


 カケルが、アウターホイールを戻すため、シオリの手を離すと、微笑んで手を振る、二人の姿が、スッと消えた。


「ありがと、カケル。あのコ達が納得してるなら、それで良い。ごめんね。時間ないのに・・・」


「たいしたロスじゃない。いいさ」


 アウターホイールをセットして、車体を起こし、スタンドをかける。腰を伸ばしながら、カケルは言う。


「俺、コイツに初めて乗った時、思ったんだ。どんなチカラも、結局は、使い方次第なんだ、ってな。けど、鏡が、どんな思いでいるか、までは考えもしなかった。うまく、始末をつけた、なんて勝手な思い込みだったよ。・・・ちょっと、反省、だ」


「・・・それが普通なんだよ。だからこそ、モノの声が聞けるわたしぐらいは、気持ちを考えてあげなくちゃ、って、思ってるだけ。変な拘りよね」


 シオリは、しゃがんでいた膝に手を置いて立ち上がり、背伸びした。


「う・・・ん! さて、お仕事だね。でも、その前に、ご飯にしない? お腹減ったよ」


「ん! 急いでる割に、全然、進まないが、腹が減っては、なんとやら、だな」


「じゃ、リビングに上がって。ササっと、何か作るから」


「え・・・」


 今日は、よく固まる日だ。などと、つまらないことを、さも、他人ごとのように考えた。


「な、何よ。・・・わたしだって、料理、出来るんだからね・・・」


「い、いや・・・そうじゃ、なく・・・俺の分も、作ってくれるのか? その・・・シオリの・・・て、手料理・・・」


「はぁ? 何、言ってるの、当たり前でしょ? わたしだけってわけにいかないじゃない。ほら、早く。行くよ」


「お、おう・・・」


 言い終わる前に、さっさと大窓から中に入ったシオリを、カケルは、そそくさと追った。な、何、照れてんだ? 俺。


 リビングには、ソファに腰掛けたカスミがいた。呆けたように、宙を見ていたが、階段を上がってきた二人を認めると、微笑んで話しかける。


「用事は済んだの?」


「うん。お昼、作るね。・・・何が、あったかな・・・」


 シオリは、ダイニングの椅子にかけてあったエプロンをつけながら、キッチンに入ると、冷蔵庫を物色し始めた。まだ、何となく、身の置き場が判らずに、リビングに立ち尽くすカケルに、カスミがソファを勧め、小声で話しかけた。


「さっきは、ごめんなさいね。びっくりした?」


「え、ええ。・・・少し・・・」


 ソファに、浅く腰掛け、縮こまったカケルを見て、カスミが言う。


「敬語、使わなくていいのよ? そんなに、かしこまらないで」


「えっと。・・・じゃ、遠慮無く・・・」


 そう言って、カケルはソファに深く座り直した。目の前で微笑むカスミは、先程とは、まるで別人のように、穏やかだった。その彼女が、ポツリとこぼす。


「カケルさん。・・・鞘と紐、ちょっと見てみたけど、・・・あれは危険よ」


「え・・・。危険、って・・・どういうコトだよ」


 雰囲気は穏やかなのに、物騒なことを言う。驚いたカケルを見て、カスミは続ける。


「ちょっと、複雑なんだけど・・・時間、無いのよね。食べながら話すわ。シオリも聴いておいて欲しいから」


「うん。・・・あ、じゃあ、バックアップ役の二人にも聴いてもらったほうが良いな。端末、つなげながらでも良いか?」


「そうね。・・・ところで、バックアップ役の二人、って誰なの?」


「一人は、俺の相棒でキョウっていう男。もう一人は、胡蝶堂の女将さんだ」


「あら、ヤヨイちゃんもフォローしてくれるの。なら、わたしの出番はないわね」


 カスミのセリフを聞きながら、ナナフシ町での別れ際、ヤヨイが端末で話し込んでいたことを思い出した。特に、何がというワケでもないが、話の切り上げ方が、不自然だったのが気になった。誰と会話していたのだろう。


「そう言えば、カケルさん。魔除けのお守り、今、持ってる?」


「あ、うん。ここに」


 そう答えて、胸に手を当てる。カスミは、手を差し出して、言う。


「ちょっと、見せてくれない?」


「良いけど・・・あ。・・・あれか? 魔除けの効果を持続させる、おまじない?」


「そ。・・・でも、その前に、お守りの状態を見たいの」


 カケルは、革紐を首から外し、お守りをカスミに手渡した。小袋から、小さく透明な、水晶のような物を取り出すと、カスミは、それを光に透かして検分し始めた。


「うん。状態は良好ね。保護樹脂は緑がかってきてるし、核も変形が終わって、あなたと繋がってることを示してる」


 カスミは、小袋と一緒に、お守りの本体をカケルの手に戻した。そして、カケルの眼を、じぃっと覗き込みながら、言う。


「あなたは・・・普段から、ほとんど苦行のような痛みを背負って、暮らしてる。これと言って、やらなきゃいけない、おまじないは無いわね。そうねぇ・・・」


 カケルは、カスミの言うことを黙って聴いていた。カスミは大真面目で、しばらくの沈黙の後、やっと口を開いた。


「特に事情がない限り、毎晩、必ず、お風呂に入るコト! それだけね」


「えーっ!! 何よ。たった、それだけ?! ズルーい!!」 


 小ぶりの丼鉢が二つ、何故か、大きなラーメン鉢が一つ、汁椀三つ。それらを載せた盆を持ったシオリが言った。


「わたし、毎日、十一個も、おまじない、してるんだよ? なのに、カケルは、一個だけ? しかも、お風呂に入るコト、って。それって、フツーにすることじゃない!」


 シオリは、ダイニングテーブルに盆に載った食器を配りながら、ソファーの二人に文句を垂れる。


「カケルさんとあなたとでは、毎日、積み上げてるモノの量が違うの。それに、何度も言うようだけど、・・・」


「おまじないに、意味を求めちゃダメ、でしょ? 解ってるけど・・・、何だかなぁ」


 カケルは、シオリのふくれっ面に見惚れている自分に気付いて、うつむいた。


 ・・・か、可愛い。しかし、・・・これは、かなり重症だ。こんなので、保つのか? 俺。


 そう思った瞬間、カケルは、不意に納得した。何故、この娘の様子だけで、こんなにも、気持ちが振り回されるのか。そう考えると、合点がいく。


 ・・・あーあ。俺、この娘に惚れてしまったんだな。道理で。ワケが判らんのも、無理ない。


「どしたの? ご飯、出来たよ。こっちに座り・・・あ。椅子が無いや。取ってくるね」


 配膳し終わったシオリが、客間の方に小走りになりながら、振り向いて言った。ドキリとしたが、もう、赤面することはない。一旦、認めてしまうと、肝も座る。言動にコシが入っていなかったのは、認識不足と、覚悟、いや、開き直りの欠如のせいだ。惚れてしまって何が悪い。カケルは、やっと、揺るがない自分を取り戻した。もう、大丈夫だ。


「おぉ! 親子丼! ウマそー! でも、何でラーメン鉢?」


「それが、ウチにある、一番大きな器なの! 足りないなら、おかわりも、あるからね」


 ラーメン鉢の前に、客間の椅子を置きながら、シオリは言った。そこに深く腰掛け、居住まいを正したカケルを見て、カスミが言う。


「いただきます」




「・・・そんなワケで、鞘の紐は、封印ではなく、抜身を鞘に縛り付けるための、呪い、なの」


 ダイニングでは、シオリとカケル、端末越しのキョウとヤヨイを生徒に、カスミの呪詛講座が繰り広げられていた。積極的に質問、発言するキョウとヤヨイ。相槌を打ちながら、高度な表現を解りやすく解説するシオリ。そんな三人に対して、カケルは、半ばパニックになりながら、グルグル眼を回し、結びのセリフを耳にした頃には、テーブルに突っ伏していた。口と鼻からは、煙が出ているんじゃないか。カケルは、本気で、そう思った。


「シオリちゃん。カケルは今、テーブルに突っ伏して、白目、むいてんだろ?」


「よく解るね。キョウ君」


「贄と血、髪の毛の効果あたりで、多分、ついて行けなくなってた筈だ。全く、だらしねぇバカだ。純粋理論を受け付けねぇ」


「うるせぇー。ダメなもんはダメなだけだってのぉー」


「カケルさんは、頭で理解するより、心で納得したいタイプなんだねぇ。あたしゃ、嫌いじゃないよ、そういうコ」


 端末越しに、ヤヨイ女将がフォローしてくれた。さすがリーダー。ありがたい。


「心で納得したいタイプ、か。ふふっ。面白い。教え甲斐がありそうね。実際に、体験してもらうのが、一番かしら?」


「おーい。ばあちゃん、ホントに呪う気じゃ、無いよな?」


「あら、そうするのが、一番、直接的で解りやすいと思うけど?」


「ひぇ! カンベンしてくれ! 死んじまう! そんな気がする!」


「うん! カケル、一回、死んでみろ! バカが治るかもしれない」


 悪ノリが始まった。こうなると、キョウは止まらない。あの、呪文のような、バーカ、バーカが始まるのだ。だが、シオリの一言が、流れを堰き止める。


「死んでみろ、って・・・ダ、ダメだよ、絶対! それに、カケルはバカじゃないっ!」


「えぇ? シオリちゃん?・・・」


「・・・あ・・・っと、思う。・・・ヤダな。わたし・・・何、ムキになってんの・・・ごめん。キョウ君」


 一瞬、気まずい空気が流れそうになった。だが、カスミは、その空気を逆手に取るのだ。


「あれあれぇ? シオリ、顔が赤いよ? どうしたのかなぁ?」


「えっ・・・な、何でもない・・・よ・・・」


「ははっ。シオリ。あんだけ、ハッキリ言っちまった後で、何、取って付けてんだい。サッサと、認めちまいな。あんたらしくもない」


「お、女将さ・・・」


「うーん。そうかぁ。やっぱり、そういうコトだったんですかぁ。クッソー。女将、これって、いつからなんですかねぇ」


「ちょっと・・・キョウ君まで・・・」


「さぁ。あたしにゃ、判らんね。ま、ひと目、逢った、その時から、とも言うからねぇ」


「な、何で、そっちに行くの?・・・」


「えっ! じゃあ、あれですか? 運命の、何とやら、で?」


「へぇっ?!」

 

「あらぁ! ステキ! キュンキュンしちゃう! ねぇ! シオリ」


「っもぉ! 何よ、みんなして。・・・ちょっと、カケルも黙ってないで、何とかしてっ!」


 カケルは、スッと、席を立った。そして、助け舟を期待しているシオリを見て、言う。


「良いじゃないか、シオリ。俺は、別に構わない。というか、もし、そうだとしたら、むしろ嬉しい。でも・・・」


 カケルは、キッチンの方に歩きながら、続ける。


「残念ながら、俺は、やっぱり、バカだと思うぞ。きっと、死んでも治らない。うん」


 そう言って、ケトルに水を汲み、コンロにかけた。


「コノヤロ、開き直りやがった。遅ぇんだよ。これだから、バカは・・・!」


「あらあら。何? それって、つまり、そうゆうこと?」


「うん! やっぱり、あんた、イイ男だ! シオリ、後は、あんた次第だよ!」


「え? え? な、何? えぇ?」


 シオリは、カスミと端末の間に、視線を泳がせて、最後に、コンロのケトルを見つめるカケルを見た。それに気付いたカケルは、シオリを、まっすぐに見て言う。


「大丈夫だ、シオリ。何があっても、何がきても、俺が守る。任せろ」


 見つめ合う二人の間で、ケトルの水が、勢い良く沸騰していた。


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