表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋と銀  作者: あくたじん
1/38

つめたい 1

 顔の左側が、冷たい。


 彼は、短い草の上に、左の頬を下にして、転がっていた。春先の、まだ、冷たい空気は、真昼になっても、それなりにヒンヤリとしていて、なかなか、暖かくならない。もう、かれこれ半日も、その体勢でいるが、彼は動けなかった。なにせ、胴体が、首から下が、無かったのだから。


 ・・・いい加減、これはヤバいなぁ。


 そう。こんな状態でも、彼は生きているのだ。生命維持のために必要な、酸素とエネルギーと血流が、完全に断たれた状態になっても、彼の脳細胞は機能することをやめない。


 呆れんばかりタフネス。


 とはいえ、そのタフネスも、限界が近づいていた。彼は、なんとしても、胴体を取り戻さねばならなかった。首を胴体に載せるだけで良い。傷口は、凄まじい勢いで治癒するだろう。


 しかし、どうやって?


 問題は、体がどこにあるのかが分からないこと。それに、離れてしまった体は、思うように動かない、ということ。つまり、自力での回復は不可能なのだ。


 ・・・首を斬られるというのは、こういうことなんだな。うん、単独行動での要注意事項に追加、だな。


 危機的状況であっても、冷静に分析する。そうすることで、今、すべきことを明確にし、そこに全力を注ぐ。彼は、迷わない。彼曰く、バカだから。


 ・・・とにかく、助けてくれるヒトが必要なんだけど、・・・あ。・・・あの娘は、気付いてくれるだろうか・・・。


 道路が、緩くカーブした先に、彼女の姿が見えた。ゆっくりとした歩調で、景色を楽しんでいるようだ。彼女が充分に近づくまで待って、彼は、声をかけた。


「あーっと、そこのあんた。ちょっと、頼みごとがあるんだが」


「へっ?・・・」


 突然、間近からした声に、彼女は、キョロキョロとあたりを見回す。右、左、そして、踵をかえして後ろ。ヒトの姿はどこにもない。


「ここだ、ここ。えーっと・・・あんたの左側。足元」


「・・へっ?・・・ひぃぃっ!」


 声の言うまま、視線を下げ、彼の生首と眼が合う。彼女は、その場にヘタり込んだ。


「・・・まぁ、当然のリアクションだわな」


 彼女は、口をパクパクさせながら、逃げようとして、足を激しく動かした。だが、踵は地面を擦るだけだった。


「お、おいおい。ちょっと、待ってくれ、頼むから・・・」


「わっ、わたしは、何も見てません! 聞こえてません! こっ、ここを通りかかっただけだから、あああ、あなたの邪魔はしません!。黙って、ここから行かせてください!」


「え? い、いやいや。ほら、今、眼が合ったよな? 聞こえてるよな? だから・・・」


「い、嫌! わたし、何もしてない! 怖いの嫌い! 話しかけないで! どっか行って! お願い!」


「うん。出来れば、そうしたいんだが、今の状態では、どこにも行けない。動けないんだよ」


「あ、あなた誰よ! こんな所で何してるの! だいたい何で頭だけなわけ? しかも喋ってるなんて、ワケわかんない!」


 ・・・マズいぞ、これ。キレかけてる。せっかく、気付いてくれたのに、ここでヘソを曲げられると、次は無いかもしれない。とにかく、何とかなだめて、話をしないと。


 彼は、努めて冷静に、言った。


「わ、分かった、分かった。ひとつずつ答えるから、落ち着いてくれ」


 しばらくの沈黙。その後、警戒しながら、彼女は質問を始める。 


「・・・・・・じゃ、じゃあ・・・名前。あなた誰?」


「カケル。年齢は忘れた。今は離れてるけど、ちゃんと体もある」


「・・・こんな所で、何してるの」


「いろいろあって、首を斬られた。こんな所に、頭だけ転がってしまって困ってる。助けてほしい」


 多分、質問の答えとしては、的外れなんだろう。しかし、今、一番、言わねばならないことなのだ。


 すかさずツッコミが入る。やはり彼女が知りたいコトではなかったようだ。


「首を斬られて、何で生きていられるのよ! しかも、普通に話しかけるなんて、おかしいよ! 変だよ、それ!」


「生まれつきなんだ。しょうがないだろ。首を斬られたのは初めてだから、ちょっとビックリしたが、前に、腹を撃たれたときに死ななかったから、予想はできた」


「・・・生まれつき? 予想はできた? ・・・泣くほど怖がらせておいて、・・・何、淡々と答えてるのよ! バカぁ!」


 彼女は、すっくと立ち上がり、癪に障る生首男を踏みつける・・・つもりだった。しかし、腰が引けて、つま先でつつくような恰好になってしまう。


「うわっ、や、やめっ。蹴るな! 転がる。落ちる。やめてくれ! あっ、あわわわっ!」


「あっ!」


 打撃の度に、少しずつ位置をずらしながら、崖から転がり落ちそうになったとき、何故か、彼女は、ハッとして、生首を抱えあげた。


「・・っひ~っ。あっぶねぇ。・・・転がり落ちたら、アゴだけじゃ止まらんからなぁ」


「ひっ!」


「ってぇ! ま、まぁ、落とすだろうけどさ。投げられなかっただけマシか。・・・・おー、痛てぇ」


「・・・・」


 ・・・警戒してんなぁ。さて、どうしたモンだか・・・。


 彼は、少し考えてみた。が、やはりここは正直に、ありのままに、助けてくれと訴える以外に思いつかなかった。


 当然だ、と彼は思い直す。俺、バカだもの。


「・・・なぁ。驚くのも無理ないとは思うけど、ホントに困ってんだ。お礼も出来るだけのことはするから、助けてくれないか?」


 彼女の険しかった表情がホンの少しだけ緩んだようだ。何やら、いろいろ思い悩んだ後、やっと、小さな声で、彼女は問う。


「・・・もう、怖いことしない?」


「しない」


「ホントに?」


「ああ!」


「何かのワナじゃ、ないよね?」


「裏、表なし! お願いします!」


 バカの一念が、彼女を動かす。


「・・・分かった。どうすればいいの?」


 ・・・よし!!


 ある意味、一番高いハードルを越えた、といって良かった。彼は、イメージでガッツポーズをとった。


「まず、体を探してほしい。多分、その辺の茂みに隠れてるはずだから」


 確証はない。完全に途切れてしまう前の微かな感覚で、そばにあった茂みの中に、しゃがみ込んだだけだ。


「・・・隠れてるって、・・何よ、それ。いちいち、ワケ分かんないんですけどっ!」


「い、いやぁ。その、・・・変に見つかるより良いかな、と。・・・すまない」


「首だけに謝られても・・・。まったく、変なことに・・・!!・・・あうっ、っ~~~~!!」


 彼女は、茂みを掻き分け、ビクッと肩を揺らし、一瞬、固まった後、すぐに彼のほうに戻ってきた。


「お、あった? って、ナンダナンダ。激しく揺するなあああああ!」


「!!! 茂みの陰! 首なしの体! でも、何で、肩、すくめて体育座り?! 驚かしたり、怖がらせた挙句に、今度は一発ギャグ?! 何てモン見せんのよ! バカぁ!」


 ・・・うあぁ、散々、引っ掻き回した後だ。インパクトあるわなぁ。まったく、意図してないのだが、でも、・・・何も、このタイミングで・・・。


 彼は、自身の天然さ、また、そのタイムリーさに、本当に申し訳なく思ったのだった。


「わぁかった、悪かった。謝るから、揺するのやめて、お願い・・・」


「あ、あなた、一体・・・グスッ・・・な、何がしたいわけ?!・・・わたしのこと・・・グスン・・・バカにしてる?!・・・もう、やだぁ!・・・グスッ・・」


 ・・・あわわ。ヤ、ヤバい、ヤバいぞ。何とか、この娘のモチベーションをあげないと‥・。


 泡を食う、とは、こういうことか。彼は、頭の片隅で、つまらないことを思う。もちろん、その場を取り繕う、洒落たセリフなど、思いつくワケがない。


 バカだから。


「な、泣くな。・・ホントにすまない。でも、もう少しだけでいいから、手を貸してくれ・・・ください。お願いします・・・」


 彼は、その生首は、先ほどの地面にグリグリで、泥々になっていた。生首男の眼が、本当に申し訳なさげに、ションボリと訴える。


 それを見た彼女は、どうしようもなく、困った顔で、やっと言う。


「・・・もぅ!・・・しっかり、・・・しぃっかり! お礼してもらうんだからね!・・・あぁっ!・・もう!」


「う、うん。分かった。出来るだけのことはする。約束する」


「・・・次は?」


 あ、あれ? 意外と、すんなり・・・?


 彼女の寛大さに感謝すべきところだろう。しかし、彼には、今、そんな余裕はない。


「あ・・・えっと、頭を体のあるべき所に、正確に、載せてほしい。それで、しばらく、転がり落ちないように支えててくれると、うれしい」


「えーっ! 頭、持ち上げるの?」


「うん。申し訳ないけど・・・」


「ひーん。・・・何か・・・どんどん、おかしなことになってくよぉ」


「すまない・・・」


 彼女は、恐る恐る生首の頬に触れた。持ち上げようとして、結構な重さに気づくと、耳から後頭部までを、しっかりと持った。落とさないように、足元や手元に注意しながら、体育座りの体に近付く。


「う~。日が暮れるまでに帰りたかったのにぃ。・・・何してんだろ、わたし」


「あっ、そーっと、な。ずれないように気をつけて・・・」


 傷口と傷口が、ぴったりと合うように、覗き込みながら、頭を体に載せる。


「・・これでいいの?」


「も、ちょっと後ろに。・・・あ、その辺で右に、ちょっと捻って・・・あ、そこだ。そのまま‥・」


 傷口のズレが合うごとに、そこに泡立つような感覚がある。彼は、意識を集中するために眼を閉じていた。


「こんなとこ?」


「うん。いい感じだ。ありがとう」


 そういった途端、それまで、冷たかった彼の左の頬が、暖かくなっていく。


「・・・・」


「・・・・」


 しばしの沈黙。そのうち、彼の鼻腔が微かに伸縮し始め、膝を抱えてこわばっていた腕から、余計な力が抜けていった。


「・・・・・・・で? いつまで、こうしていればいいわけ?」


「う~ん。もうちょっと、我慢してて欲しい。つながったら、プチッ、て、感じるから」


「・・・・・・」


 彼は、ゆっくりと眼を開けた。そして、食い入るように、自分を見つめる彼女を見て、驚き、眼を逸らす。


「そ、そんなに、睨むなよぉ」


 彼の言葉に、何を思ったのか、彼女は、少し顔を赤くして言う。


「に、睨みもするよ。こんなとこ他人に見られたら、絶対、誤解される」


 ・・・あ、なるほど。そーゆーコトね。


 って、どーゆーコトだ? バカに解るワケがない。同じようなコトを言ってごまかす。適当に描写を交えて。トークだ、トーク。などと、考える彼。


「・・そっか。悪い。・・・何か思いつめたような表情で、女の子が男の頬に手を添えてる・・・確かに誤解されそうだ」


「・・・首、ひきちぎるよ!」


「うわぁ! やめてやめて!」


 ほぅら、言わんこっちゃない。彼は、自分で自分にツッコミを入れる。苦手なんだよな、こういうの。


「変な描写するな! バカ! ・・・それより! どうなの? つながった?」


「あ?・・・。う、うん、もう少しでつながる。・・・と・・・思う・・・・」


 彼は、ようやく、彼女のディティールを含めた全体を見た。小柄だが、背筋が、すっと伸びていて、端正な姿と顔立ちをしていた。


 服装や持ち物も、派手さは無いが、機能的で、質が良さそうだ。彼女の靴は、使い込まれてはいるが、手入れが行き届いている。


 そして、何より印象的なのは、その鳶色の眼だ。特に、左眼には、色が少しくすんでいるものの、何か神秘的な輝きがあった。


 ・・・うわ、あ・・・こりゃ、また・・・


 なんと、美しい。


「・・・何よ」


 ・・・あ、イカン、イカン。思わず見とれてしまった。


 またもや、泡を食ってしまった彼は、眼を伏せて、思ったことを、そのまま口にしてしまう。


「あ・・・や・・・その。・・・あんた、美人だな、と、思って」


「はぁ!?」


 さっき失敗したばかりだというのに、思ったことは、まだ、声になって、こぼれるのだ。


「・・うん。好みのタイプ。・・・それこそ、誤解されてみたいって気分。って、痛い痛い! こめかみ痛い!」


「・・・面と向かって、今度はナンパ? いい度胸してるじゃない!」


「ち、違う違う! 素直な感想を口にしただけだって! 気に障ったなら、謝るから、こめかみ絞めるの、やめてくれぇ」


 こめかみを絞めるのは止めたものの、怒っているからか、彼女は、また、赤い顔で、彼の無礼を嗜める。


「ったく、会ったばかりの女性に、容姿が、どうこうって、失礼でしょっ!」


 ・・・だから、苦手、というか、よく解らないんだよ、こーゆーの!


 彼は、無性に恥ずかしくなった。


「・・・・叱られた。・・・多分、年下の女の子に。・・・別に悪気はなかったし、けなしてもないのに・・・」


「そーゆーコトを言ってんじゃ、な・・・!」


 開き直りに反論しようとした彼女の言葉を遮って、彼は大きく眼を見開いて言う。


「あっ! き、きた! プチプチ、きた!」


「えっ? な、何? つながった?」


「うん、うん。もう、手、離しても、だい・・じょう・・・ヴ・・っ・・ぷ・・・!」


 しかし、彼の喜びの表情はすぐに曇り、頬をプクプクとさせて苦しそうに肩を上下させる。


「えーっ。今度は何よ? 気持ち悪・・・」


「っえええええ・・・・!」


 吐いた。結構な量の土が、泥になって、彼の口から溢れ出た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ