セレンの憂鬱
この前、フェンデル少尉から受けた報告にはかなり動揺した。
「ハンナ嬢は、何か急な都合で店を辞めた様です。領地からお父上が帰られるそうで、自宅は貸し出し中ですし現在は隊長のご実家に滞在されております。」
子爵が領地から帰る?ハンナがうちの実家にいる⁉︎何故、どういう意図がそこにある?考えられる一番の理由は・・・
「婚約破棄・・・?」
某然とした隊長に少尉は告げられぬ事実をまどろっこしく思いながらも励ます。
「いや、そうではないのでは?破棄する理由はないでしょう⁈なんでしょうね、新しく職場を移るとかかも。」
って、その通りなんす!すんませんっ隊長、国家権力には逆らえず真実を伝えられずにほんっと、すいませんっっ‼︎
「そ、そうだな。破棄はないだろう、そうかウチに来ているのか・・・帰れば会えるのにな。」
いやそこはもう帰りましょうよ、理由なんて何でもいいからさ。でもってなんでこんな時に仕事が山程渡されるんすかねっ!もう、皇帝夫妻の悪意としか思えないんですけども。フェンデルは深く上司に同情した、彼は密偵の仕事がなくなってから上司の書類仕事を手伝っているがなかなか終わりそうにない上に生真面目な上司が手を抜かないし、私情で仕事を抜ける人間ではないのを重々承知していたがもう帰っちまえよアンタ本当に不器用に出来てるな、と心でツッコミを入れるのが精一杯だった。
しかも、仕事に集中出来ないらしく遅々としてはかどらない。あ〜誰か、今すぐハンナ嬢をこの場に連れて来てくれ。
そんな日々を過ごしていたがある日、セレンが思いつめた顔で出勤して来た。
「フェンデル、悪いが午前中抜けさせてもらう。」
「はい。何か急用でも?」
「うん、ちょっと実家を見てくる。」
「そ、そうですね!それがいいですよっ。早く出発してください、ここは私に任せて大丈夫ですから。」
「すまん、私情で動くとは騎士の風上にも置けんと思っていたがやはりハンナが心配だ。」
いやもう貴方、俺を毎日私情でストーカーさせてたでしょう⁉︎ま、とにかくこれはいい兆しだ。あっという間にセレンは部屋を出て行き、愛馬に跨り我が家を目指す。
別々の窓からその様子を見ていたフェンデルとサーラは、やれやれと息を着く。もちろんこの事は現在、真面目に公務中の皇帝夫妻には黙っておこう。それが彼らの幸せだ。窓辺を離れ二人は別々の部屋でそれぞれ自分の仕事に戻っていった。