不安〜エルメリヒ邸にて〜
最高権力者二人がハンナベルタ・ヴァン・ファンテル子爵令嬢のアルメリア付き侍女の話しを決めた次の日、サーラは朝一番にフェンデル少尉を訪ねて来た。
「は?え⁉︎ハンナ嬢の実家ですか。」
「はい、正式に皇妃様の侍女として召し上げたいとの事。ご実家に先触れを出したいのですが。」
フェンデル少尉は茶髪の頭を掻きながら申し訳なさげに答えた。
「今は、首都にいないんです。ご実家のお屋敷も他人にお貸しになっていて、領地の方にいらっしゃるんですぐには無理かと・・・」
「そこまで困窮なさっておいでですか。」
「まあ、そうですね。あの、隊長には伝えましたか?」
サーラはそこで脱力しながら話しを始めた。
今回の話が決まれば皇妃が勝手に外出する事を止める事が条件になっており、セレンには内密にしてサプライズで驚かせるのが皇帝夫妻の密かな楽しみであることを。それを聞いて少尉もやはり脱力したが、とりあえず皇妃直属の侍女とあらば親に知らせぬ訳にはいかないのでそこは早馬を出して解決すると。だが、問題はハンナ自身の意思だ。
「ハンナ嬢は、働き者のよいお嬢さんですが煌びやかな場所よりも今の様な庶民的な場を好まれます。これまでも何度か隊長のご実家を通じて城内に参内する話はありましたが、全て断られていますよ?」
「そこなんですよね。多分、爵位の格差やただでさえ女の職場は気を使うのに彼女はその上にセレン隊長の婚約者いう肩書きがあるから・・・これまで参内しなかったのは賢明な判断だわ。」
ふぅーっと、二人は溜息をついた。
それから一週間後ファンテル子爵はセレンの実家で娘と共に皇室からの話しが何事か詳しく知らされぬまま先方を待っていた。
ハンナは伯爵家の用意した客間で一人考え込んでいる。
(お父様まで呼ばれて一体何事かしら?まさか、ついに領地没収⁈爵位剥奪⁉︎どうしよう。何故だかリラの店までクビになって、もう訳わからない・・・)
自然と心細く涙が溢れてくる。
(今日も、セレンは居ないんだわ。このままお別れね、きっと・・・)
「・・・っ、うっ」
涙が後から後から溢れてくる、何のために呼ばれたのか?大好きな仕事も失い、家も無くすかもしれない。不安が胸いっぱいにひろがっていった。