サーラ・クロイツ
さて、セレンの婚約の行方を心配している侍女サーラは元は女性騎士であった。普通の家に生まれたが、祖父が元軍人であり暇があれば孫のサーラに色々と指南していた。上に兄がいたが彼は体力より頭脳派だと早々に見切りをつけ勉学に励ませた。そして孫娘は頭の回転もいいが何より軍人の素質があると、娘らしいことよりも森や山に連れ出しサバイバルな経験をさせ、入隊の年頃になるとサッサと手続きをし軍に放り込んだのだ。しかし、母親がこのままでは娘らしい事を知らずに育ち嫁入りに苦労すると危惧しキチンとした作法や料理など一通り仕込んでおいた。そのお陰で皇妃付き侍女兼護衛と引き抜かれたのだった。
初めは自分の記憶を失くし、3年という準備期間があったとはいえ「皇妃」という地位に置かれたアルメリアに深く同情し尽くした。しかし彼女はすぐに悟る、田舎の離宮から首都の大きな街に来た皇妃の並々ならぬ好奇心を。そして、大人しく城に閉じ込めるのが無理だと諦めると早々に何があっても守り抜く覚悟を決め、こうして毎回付き添うのだ。
そろそろ、目的地が見えてきたが同時に見覚えのある人物も見えてきた。普通の人間なら気にもしないくらいその場に溶け込んでいるのは、天使の騎士団隊長直属の部下フェンデル少尉だ。あの様子は何かを悟られないよう監視している、彼の仕事の邪魔はできないとサーラは気づかぬ振りをしてメリアと店に入る。すぐに奥から明るい金茶色の髪の娘が出て来た、それがハンナだった。
「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくりご覧になって下さい。お目当てのものはございますか?」
二人に向かいニコニコと笑いながら話しかけるハンナは自作の前掛けを着けている。余った端切れで作ったのであろうその前掛けは適度なフリルをあしらい、ポケットには人気商品の縫いぐるみの刺繍が施されていた。端切れの配色もバッチリ合っている。
か、可愛い・・・。二人の呟きは声に出てしまっていた。
「え?」
「あ、いえなんでも。あのぉ、クマの縫いぐるみはありますか?」
「まあ、申し訳ありません。あちらがご所望だったのですね、実はいま売り切れていてしばらく在庫がございませんの。でも、こちらは如何ですか?小さいですが腕と足の部分は動くよう作ってみました。縫いぐるみがあまりに人気があり、お買い上げになれなかった方には気に入っていただいております。端切れで作っておりますので二つと同じ品はございませんし、子どもさんなんかはよく鞄に付けたりしています値段もお手頃ですが。」
確かに手の平に乗る小さな縫いぐるみには頭に紐が付けられていて、家の鍵や鞄に付けられるよう工夫したのであろう。こちらもかなり愛らしい、メリアの瞳が輝いている。
「ではこれを二つ下さい、あの・・・それから貴女のその前掛けは売り物の中にありますか?」
「申し訳ございません、これは仕事用に趣味で作ったので・・・あの?そんなにお気に召しました?」
食い入るように見つめているメリアを見てハンナが問いかけると、メリアはコクコクと頷く。その様子があまりにも愛らしいのでハンナは微笑んで言った。
「昨日作ってさっき身につけたばかりのお下がりになりますが・・・」
ゆっくりと腰紐を解き丁寧に畳むとメリアに笑いかけながら
「お目当ての品もございませんでしたし、差し上げますわ。」
では小さなクマを選んでくださいませと言われ、ついサーラまで自分の分を買ってしまった。それぞれ丁寧に袋に入れるとまたご贔屓にと、店の外まで見送られる。
手にした戦利品は目的のものとは違ったが、二人はそれよりもハンナの感じの良さに感動していた。
「見た⁉︎サーラ。」
「はい、感じの良いお嬢様ですね。あの方を二年も放っておくなんて・・・」
「これ以上放っておいたら間違いなく、他からの縁談が来て・・・」
「隊長は婚約者を失いかねませんね。」
メリアは何事か考え始めたようで、この日は早々に帰城した。