アルメリアの憂鬱
「ねぇ、サーラ。あなたはどちらにかける?
」
「失礼ながらその様な事は賭け事に相応しくないかと。」
ふん、と鼻を鳴らしアルメリアはソファに寛ぐ。来る、来ない、来る、来ない。
ここエンダリス皇国皇帝には代々後宮がある。アルメリアとリステアが出会い結婚したのが3年前。二人の歳の差は7歳違いだ、出会った当初既に皇帝の地位にあったリステアは21歳。後宮には15〜20人の側室が居た。勿論、皇室に相応しい上位貴族の娘達だ。アルメリアと出会ってから、たいして興味の無かった後宮は縮小されたが皇妃が3年経ってもまだ懐妊の兆しがないのを盾に5〜6名の有力貴族の令嬢が後宮に残っている。
そこへ皇帝からの使いが訪ねて来る。
「皇帝陛下は本日薔薇の間にてお休みになられます。」
あ、そう。さぞや美しい薔薇を散らすのでしょうね、せいぜい棘にはお気をつけあそばせ。
毎夜毎夜、アルメリアは不安と闘っている。あの方は皇帝陛下だから仕方が無いの。お世継ぎを作られないと国の乱れに繋がるから・・・・・。どうしてあの人は私なんかを拾って連れてきたのだろう。あのまま離宮に置いててくれたら良かった。皇妃なんて地位要らなかった。私は何処から来た誰なの?なんであの人は得体の知れない私を拾ったの?でも、でもね私もあの出会いの瞬間あの人に恋に落ちたの。言葉も解らない私に身振り手振りで優しく微笑んだあなたに恋をしたの。知らなかったから、こんなに大切な地位にいる人だなんて知らなかったから。だから、他にも女の人が居て私の代わりにあなたの子どもを授かるかも知れないなんて知りたく無かった。知ってたらこんな所来なかった、だから私は時々街娘や侍女のフリをして仮初めの自由を楽しむのたくさんの人に迷惑をかけるけど、そんな事でもしないとなんだか壊れそうだよ・・・・。
「寂しいよ、テア。」
アルメリア様は離宮近くの湖の畔で佇んで居たと聞いている。話す言葉はこの辺りの言語ではなく最初は身振り手振りで意思の疎通をしていたとか。一目で恋に落ちた皇帝陛下に引き抜かれ私は軍を退きアルメリア様付き侍女として、早くから離宮に呼ばれた。離宮の使用人達は皆、陛下の子供時代からよく知る気持ちの良い人々で彼らの好意と陛下の愛情でアルメリア様はみるみるうちに言葉や仕草を覚えていった。元々利発な方だったのだろう。見た目から14歳位に見られた少女はそのまま3年間をそこで過ごす。陛下は暇を見ては離宮を訪れた、そして彼女を正式な妻にするために並々ならぬ努力を議会でなされていた。まずは、国内有数の貴族で陛下の叔父に当たられるハウゼン公爵の養女として彼女の地位を固めると後宮の解体に手を付けた。多数いたご側室様方は良い家に降嫁されたが5人の側室がしつこく立ち退きを拒んだ。議会も得体の知れないアルメリア様からお産まれになるお子様よりも身分の知れた上位貴族令嬢からの世継ぎ誕生を公にはしないが望んでいた。
しかし、彼らにとって予想外の事がアルメリア様が皇妃の座に就かれてから起こる。彼女は非常に優秀だったのだ、どの側室よりも優雅に振る舞い誰よりも民を思い皇帝を立派に補佐し公務もそつなくこなした。そして、後宮のシステムを理解すると寛容に側室達と交流した。
しかし、このまま皇妃様が懐妊となれば残った5人の側室は立場がなくなる。彼女達は誰がやったか解らない様に嫌がらせをして来た。部屋の前に動物の死骸、ドレスが切り刻まれていることもあったし、お決まりの毒入りの差し入れも届いた。だんだんエスカレートする嫌がらせをアルメリアは皇帝には告げなかった。ただ、サーラと二人で内密に処理し表面状は何事もない様振る舞った。そして、限界が近づいた頃始まったのが城を抜け出し息抜きをすることだったのだ。
ただの我儘な行いに見られるが、そういう発散でもしないと自分を保てなかった。そして、見つけたのだ暗い長いトンネルの向こうに明るく仄かに見える灯火を。それが、ハンナベルタ・ヴァン・ファンテルであった。
明るい表情、起点の効く仕草彼女がそばに来てくれたら毎日でなくてもいい、彼女と友人になりたいとアルメリアはサーラ以外に初めて思った。
以上の点からサーらから見てハンナはただの皇妃の気まぐれではなく心の支えになると判断し、侍女に召し上げるという案に無下に反対をできなかった。