(株)クレーム引受専門社 社長の巻
ある雑居ビルの二階。
ここに「(株)クレーム引受専門社」の社長室があった。
「失礼します」
ノックをして入ってきた秘書は、社長が座る椅子の前に置いてある机に山のような資料を置いた。
「こちらの資料に目を通していただきたいと思います。それと、これが最優先事項です」
事務的口調で告げると秘書はクルリと背中を向けた。
「待ちなさい」
「なんでしょうか?」
この社長が秘書を呼び止めることは珍しい。
たいていの場合、人を呼び止めたときは何か、新しいことを実行しようとか、社外秘の問題が発生したとかそんなときばかりだ。
秘書は、体をこわばらせて彼を見た。
「社会科見学の申し入れが来ているんだって?」
「はい。お断りしようと思っていますが」
「いや、迎え入れろ」
社長の言葉に思わず眉をひそめてしまった。
これまで、この会社は社会科見学の類のものはすべて断ってきた。
その社長が社会科見学を受け入れろと言い出したのだ。
突然の方針変更に驚きを禁じ得ないというのが正しいのかもしれない。
「先日、職業体験の女の子が来ただろ?」
いきなり何を言い出すんだと思ったが、そんな気持ちはいったん静めて秘書は冷静な対応をするよう努めた。
「はい。しっかりと記憶しています」
「彼女が帰り際、私に何を言ったか知っているか?」
「申し訳ございませんが、そのようなことは存じ上げません」
この前の中学生を見送ったのは社長一人だ。
彼がそうしたいといったのだし、絶対に皆で見送らなければならないということはなかったため、社長一人というのを承認したのだ。
それなのに後から聞いたわけでもなく、どうやってそのやり取りを知ろうというのだろうか?
「まぁ知るわけもないか……それじゃ、あの女子中学生が何を言ったのか教えてあげよう」
社長は、椅子を立って窓の外を見ながら話し始めた。
*
三日間の職業体験を終えた中学生を見送るのは社長である自分一人だった。
それは、自分で望んだことだし、あまり多くの人を割いてしまうと業務が滞る可能性がある。
それほどまでに今、業績を伸ばしているのだ。
「えっと、社長自らありがとうございます」
「いいんだよ。どうせ、私が一番暇なんだから」
頭を下げる中学生にこちらも思わず頭が下がる。
これは、ある意味では悪い癖かもしれない。こんな会社を立ち上げるぐらいなのだから、自分は人よりも腰が低くなければならない。
そんな思いからくるものだった。
「すごいですね。社長さんって私なんかにも頭を下げてくださるんですか」
帰ってきたのはあまりにも意外な答えだった。
この企業で職業体験したいといった時点で随分と奇特なのだが、そんなことを言われるとは思わなかったのだ。
はじかれたように頭を上げてみれば、そこには穏やかな笑みを浮かべる女子中学生の姿があった。
「私。あまり偉そうなことは言えなんですけど、謝るって素晴らしいなって思ったんですよ。もちろん、あまりにも理不尽な事柄に対しては謝るのなんて嫌なんですけど、それでもみんな謝ってほしい理由も起こっている理由も全部、あるんだなって……それは、自分の行けない部分を直すための大切なアドバイスなのかなって思ったんです。この会社の皆さんを見てるとそう思えてきました」
言い切ってから彼女は、顔を真っ赤にして口をふさいであたふたし始めた。
「あっすいません。偉そうなことをべらべらと……」
社長は、そんな彼女を見て思わずぷっと吹き出してしまった。
「ありがとうございます。今のは大変貴重な意見です」
彼は、女子中学生の手を取って大きく上下させる。
「えっと、役に立ったなら何よりです……」
その後、彼女は何度も頭を下げながら帰って行った。
彼女は、この会社の業務を通して改めて謝る大切さを学んだのだという手紙が後日、中学校から届くことになる。
*
「そういうことなんだよ」
話し終えた社長は、秘書の方をうかがい見る。
「どうだ? せっかくだから、他の子供たちもうちの業務を見てもらって謝る大切さを改めて実感してほしい。そう思ったんだ」
いつの間にか、長いこと話していたのだろう。
社長の後ろから夕日が差し込んで部屋を真っ赤に染め上げる。
秘書は、クスッと笑ってから背を向けた。
「わかりました。それでは、見学コースの選定に入らせていただきます」
彼女は、社長の笑顔を見たの、久しぶりです。という言葉を残して立ち去って行った。
数日後、この会社は近所の小学生の社会科見学を受け入れ、それを皮切りに世の子供たちに謝る大切さ、そこから得るモノは何かということをできるだけわかりやすく伝えようと努めていくのである。