その 1
今日は曇天である。
この冬一番の寒波が近づいているらしい、天気とあいまってとても不快である。
バイト帰りの夜道いつもの場所まで向かう。
「あ、兄さんおっかえりー!」
「おう、早いな」
「まぁこっちも早く終わっただけなんだけどね。」
夜道をこの冬一番の寒さの中待っていたのは俺の妹である幽夏、生粋の夏生まれでこの時間まで水泳部の練習がいつもあるのでここで待ち合わせして帰るのだ。
「今日もキツかったんだよ~インターバル練習なんかさせんなよな~」
「あれか、キツいよな。」
俺もかつては県記録を作り“葉松のトビウオ”と言う二つ名が着くほどには活躍してた身だ、今はこんなだけど。
「兄さんもたまには来れば良いのに~」
「無理、会わせる顔がねぇよ。」
「ま、そだよね........あれ?」
「ん、どうした?」
幽夏の顔が白い電灯に照らされているのもあるが、とても蒼白だ。嫌な予感がする。
「まさか.....そんな......」
「おい、どうしたんだよ、おい!」
明らかに様子がおかしい、普段からしてこんな幽夏はあり得ない状況だ。
「兄さんの.....右手が.....」
「右手......」
自分の右手を前に出す、そして事態に気がついた。
「ゴーストタッチ......」
「うん......」
話を少し逸らすがこの町....葉松町はオカルトや超常現象がよく起こることで有名だ、その被害者もしくは関係者は身体の一部が無くなる現象、すなわちゴーストタッチに遭うらしい。
「本当だったのか.....」
「感心してる場合じゃないよ兄さん!早くしないと......」
「そんなに心配しなくても良いさ、今日は帰ろう。」
「でも.....」
「な?」
「わかった.....」
今日はもう夜だ、解呪するのには時間がない。明日も冬休み、時間はある。学生の特権だ、それでいい。
「兄さんが......そんな.....」
「ま、昔から巻き込まれ体質だったしな。俺にしちゃ珍しくもねぇよ。」
「兄さん.....死んじゃ嫌だから....」
「そんな気はねぇから.....」
待ち合わせ場所から徒歩で約15分ほどで家には着く、既に暖房の効いた室内は外とは天地の差がある。
「ただいま~」
「.....ただいま」
今日は兄もまだ帰っていないらしく返事は何もない。
「今日は俺の番だよな、ささっと作....」
制服の裾を引っ張られ、言葉も不意に止まる。
「今日は私が作る、兄さん右手使えないでしょ?」
「そーいやそうだったな。」
不思議と右手の感覚はあるのにものに触れることはできない、手首から下がないのは事実なはずだが....
「お願いするな。」
「明日は絶対に兄さんのこと助けるから。」
「おう、ありがとうな。」
笑顔を見せる幽夏、この後食べた飯も旨かったし明日も大丈夫だろう。