8話
アウラは先ほどリーグにとられた右手を見つめながら、うっとりと息をもらす。
今日のリーグ様は、少しアンニュイな感じで物憂げな感じが…また素晴らしかった。
あんな人と自分が結婚するなんて、アウラは舞台中にちらりと交わし合った紫色の瞳を思い出して無言で悶える。
瞳があうと胸が高鳴る。食事中も目の前で綺麗に食事を口に運ぶ彼をみると、緊張してまともに食事もできなかった。
食欲がわかないアウラをみてリーグは心配して体調は大丈夫か、無理をさせてしまったかと尋ねてきたが、アウラがお腹がいっぱいだと小さな声で言うと、ほんの少し目を丸くしてから穏やかにほほ笑むと店員に先にデザートを持ってくるよう頼んでくれた。
デザートで出されたさっぱりとしたレモンのケーキは、肉料理を食べた後の脂っぽい口内をさわやかにする一品だった。
満足げにレモンケーキに口をつけるアウラをみて、リーグは静かに白ワインを喉に流し込んでいた。アルコールを飲んだせいなのかリーグの瞳は潤んで揺れていた。
アウラはそんなリーグの瞳をこっそりと見つめていると、レモンケーキを子供みたいにぱくつく自分が恥ずかしくなってきてそっと目をそらす。
綺麗な瞳を見つめていたいと思う気持ちと、見ていられない気持ちがごちゃまぜになって破裂しそうなほどに胸が高鳴る。
あの時だけではない、今、ここでこうして思い出すだけでも息が苦しくなるほどに胸がつまるのだ。
馬車に揺られながらアウラは香水屋に行った時のことを思い出す。
一人で商品を色々試す私にリーグは言ったのだ。
「ラベンダーの香りは好きですか」
と。
バラの香りに夢中だったアウラは、自分の手にぬったクリームを伸ばしながら何も考えずに答える。
「あまり、好きではありません。ラベンダーよりバラの方が私は好きです」
そう言いながら顔をあげると、彼はラベンダーの香料を前にして少し寂しげにほほ笑んだ。
アウラはもしかてリーグはラベンダーの香りのほうが好きだったのかしらと思うと、先ほどいった言葉を思い出してもうすでに終わってしまったことだというのにひどく落ち込んでしまう。
何か、共有できるものがあったらそこから話題が盛り上がったかもしれないのに……。
その後慌てだした私に気がついたのか、リーグは弱ったように目じりを下げながら「人の好みがあるのだから、そう慌てなくても大丈夫ですよ」と、こちらにちゃんとフォローを入れてきてくれた。
………そういう風に気がきくところも好きだ。
アウラは、ほうっと頬に手をあてたまま熱い息をはくと、バラの香りとその後慌ててつけたラベンダーの香りが鼻孔をくすぐる。
アウラはバラとラベンダーの二つ買った香水を早く家に帰って開けたいと熱い胸を抑えた。
今日買ったバラの香水はもったいないけれど妹にあげよう。そして次に会う時は彼が好きだといったラベンダーの香りをつけよう。