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7話

今日、リーグは朝早くから街へと出かける予定だ。

学校に行っていた時以外は基本森の中で静かに過ごすことを好む彼は、わざわざ騒がしい街(リーグはそう言っていた)へと、若くて美しい婚約者に会うために。

通常だったらお見合いの後、次に会うのは結婚式だというのが当たり前のところを、結婚前に夫婦となる若い二人にはもっとお互いを知ってもらいたいという素敵なご両親たちの願いによって今回のことが決まったらしい。

俗な言葉でいうと、所謂デートというものだ。

イレアナは自分には産まれてこの方まったく縁のないその言葉を胸の内で繰り返していた。

でーと、でーと、でーと。

リーグ様は一人息子ということもあって、ご両親に大切にされている。たった一人の跡取り息子なのだ。できれば幸せな結婚生活を送ってもらいたいだろう、それは貴族であろうと、庶民であろうと変わらない親心なのだろう。

イレアナはそこでようやく、この家の大切な跡取りである彼に目を向けた。

イレアナはなんと無作法なことに、隣に何も言わずにしゃがみこんだままの彼を今まで無視し続けていたのだ。

「イレアナ、行きたくない」

「リーグ様……」

ため息まじりにもらすリーグにイレアナは困惑した。

そんなこと言われても使用人である自分が何を言ったらいいのか、さっぱりわからない。

早く行くようにと言っても失礼だし、だからと言ってこのままここにいさせて準備をさせないのも使用人としてどうかと思ってしまう。ぐるぐると考えてしまったイレアナは、結局恐る恐るリーグに尋ねることにしてみた。

「もう、ここを出るお時間なのでは?」

「ああ、そうかも――しれない」

リーグは太陽の位置をみてまぶしさで目を細めた。太陽の下では彼のミルクティー色の髪の色が透けてみえて漂泊されたように白く見える。白光する細い絹のような髪が風で舞い上がるのを見てイレアナはまぶさしさに目を細める。

「相手を、お待たせしたら申し訳ないですわ。こんなところで時間をくっている暇があるのなら早めに行かれたほうがいいのでは?」

「あんまり早めに行ってもすることがないからね…。それに、女性の身支度の時間は長い。時間ピッタリにくるかどうかも疑問だよ」

軽口を言うリーグにイレアナが冷たい視線を向けると、リーグは困ったように肩をすくめる。

「イレアナが言うことだし、そろそろ行こうかな……」

身体全体からめんどくさいという気を出しながらリーグはやっと立ちあがる。

「いってらっしゃいませ」

イレアナは花壇の中で立ちあがると、リーグに対して綺麗にお辞儀をする。

―――顔をさげているイレアナに、その時のリーグの表情がわかるわけがなかった。

「うん。いってくるよ。帰ってきたらイレアナが作った紅茶を入れてくれ」

リーグの言葉にイレアナは更に深く頭を垂れる。目の前から彼の足が去って行くのを確認してから、やっと顔をあげるとゆったりとした動作で背をむけて去っていくリーグが目に入った。




「アウラさん……」

「はい…」

目の前で、自分の妻となる少女が恥ずかしげに返事をする。

リーグはほんおり染まったアウラの頬を見ながら、思わずもれそうになったため息をこらえた。

「今日は、楽しかったですか…?」

今日は二人で芝居を見た後に食事を共にとった。芝居は最近流行りの身分違いの恋を描いたものだった。王子と使用人の恋。甘ったるい言葉をはき、愛に浮かれた瞳で互いを見つめあう役者を、隣に座るアウラは身体を乗り出し気味で夢中になってみていた。最終的に、王子は娘の為に王位を捨てて二人は、自分たちを誰も知らない新天地へと旅立つ。互いがいればそれだけでいいのだと熱く語る恋人たちを、リーグは静かな瞳で見つめた。

互いがいればそれでいい、そう思えたらどんなに楽なのだろう。

冷静な瞳でそれを見ながら、心のうちで彼らをうらやんでいる自分に気がついて、リーグは瞳を閉じることによってそれを無理やり頭から追いやった。

「ええ。とても、楽しかったです。リーグ様と一緒に舞台や食事ができて……」

はにかみながら恥ずかしげにいうアウラは美しかった。婚約者だという贔屓目を抜いても。

深い海に色の瞳は、喜びか興奮にかわずかに潤んでいる。綺麗に、二つそろった双玉を見つめながら、リーグは片眼だけの女を思い出した。

二つそろっているこちらの方が一般的に見て絶対に美しいのに。

どうしてこの海色を瞳を見て思い出すのは、あの欠けた空なのだろうかと。

「そうですか…」

「リーグ様は、どうでしたか?」

気のない返事を返すリーグを不安に思ったのか、アウラが心配げに窺うようにこちらを下から見上げてくる。リーグはそれをみて、不安にさせてしまったかと思ってとりあえず静かに微笑んでおく。

不安にさせているのは重々承知だ。

自分自身、今ここにいても、心あらずなのだから。

正直いって、あの舞台の女優の顔も、今夜の食事の味も覚えてはいない。

「私、舞台を見るのは久しぶりでしたの。愛しあっている恋人同士が全てを乗り越えて旅立つ姿――。とても素敵でしたわ」

今日半日彼女と共に時間を過ごして、目の前にいるこの娘が悪い女性ではないということはわかった。

悪い娘ではない。

では、良い娘なら愛せるのか―――?

リーグは心の中でそう自分に問う。

「こんなこと言っていたのが知られたら、お母様にはしたないって怒られてしまうかもしれませんが」

そう言ってほほ笑むアウラにリーグは笑顔を返しながら、馬車に乗り込もうとするアウラの腕を支える。夢見心地で舞台を語っていたアウラが、とたんに顔を更に赤くして黙り込む。リーグは赤くなったアウラの耳を見ながら、そっと馬車へと彼女を送りこむのだった。



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