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6話

イレアナが花壇の中で仕事をしていると背後に誰かが立った。

「リーグ様………」

イレアナは名前を呼びながら後ろを振り向く。

「イレアナ、今日の仕事はどれくらいで終わるの?」

「まだ、わかりません」

「そう…か。そうだよね。昼前だし、まだわからないよな」

リーグの言葉に、イレアナは頷くと花壇に顔を向ける。

土をスコップで掘り出していると、ミミズが出てきてイレアナはそれを指でつまむと綺麗に植えた花の方に投げ入れる。

「イレアナは虫、平気なんだね」

「はい…」

「普通の女の子だったら、あれをつまんだりできないで、ギャーとか言って騒ぐのだろうね……」

ぼうっとした感じで言葉を続けるリーグに、イレアナは自分や母親以外の年頃の娘。リーグ様が付き合うような女性のことなんて、何もわからないので口をつぐむ。

「……もしかして、気を悪くした?」

黙り込んだイレアナを、リーグは脇から覗き込んでくる。

「いいえ」

「そう…」

こちらを心ごと覗き込もうとするような紫色の瞳から視線をそらすと、イレアナは仕事を黙々と続ける。そうしていると立ち去ると思われたリーグだったが、リーグはイレアナのすぐ後ろにそのまま座りこんでしまう。

イレアナは空気の動きで、それに気がついて後ろを振り向くと慌てふためく。

「リーグ様! お召し物が汚れてしまいます」

「別に石の上だから大丈夫だよ。それにこんなこと小さい時によくやっただろう?」

石の上に両手をついてこちらを見てくるリーグの、少し傾けられた髪がさらりと風で揺れる。日の元にさらされた喉元には、女のイレアナにはない突起がある。イレアナはそれをみてこの場から走りだしたくなるような気持ちをこらえて、つとめて冷静な口調で続ける。

「もう、子供ではないのですから……」

「………」

リーグが首をかしげる。イレアナはそれを見ながら、更に言葉を続ける。

「もうご結婚も決まっているのです。いつまでも……そのような…」

イレアナの言葉に、リーグはばっとその場から立ちあがる。そして土の上にしゃがみこんだままの私を見下ろしてくる。冷たい色の瞳で。

「イレアナも、そう言うのか―?」

「使用人風情が言うことではないというのはわかっています」

「そういうことではない!!」

イレアナの言葉に、リーグは苛立ちを隠しきれない口調で詰ってくる。

「父も、母も、みんな同じことを言う。いつまでも子供ではないのだと、そんなこと俺だってわかっているんだ」

リーグの言葉を、イレアナは下から見上げながら耳を傾ける。昔から、時折こういうことがあった。父や母の言っていることが納得できないと、唯一の年の近い子供であったイレアナに、感情をあらわにしてこぼしたことがある。

イレアナは、いつも穏やかなリーグが時折見せるその表情が、嫌いではなかった。彼がこちらにそういう表情を見せるたびに、許されていると思うのだ。心の内を見せることを。

「学校をあがって戻ってきたらいきなり結婚か…。こちらの意見も聞かないで、結婚相手なら自分で見つけるさ―」

「誰か、心に思う方がいるのですか……?」

イレアナの小さな吐息混じりの問いに、リーグは眉間に大きく皺をよせる。怒っているようで、今にも泣き出しそうにも見える表情に、イレアナも顔を思わず歪めてしまう。

「誰か、言っていたのか?」

「皆、言っています。リーグ様が、今回の結婚を嫌がるのは、他に好きな人がいるからだと」

「……………………イレアナは、どう思う?」

「私は―――」

リーグの突然の質問がえしに、イレアナは顔を俯ける。リーグ様の、あちらでの生活のことなんて、ここにずっといた私にわかるわけがない。

答えようがなくて、黙り込むイレアナの前にリーグが膝を落とす。

そして、強い力で肩を掴まれた。

「どう思う? 俺が好きな奴がいると言ったら、イレアナはどう思うんだ?」

肩を掴まれて上を向かされると、間近からリーグの真剣な瞳を見つめることになってしまう。こちらを炙るような視線に、イレアナは苦しくなって唇を震わせる。

「……か、わいそうだと思います。好きな人がいらっしゃって、その方とあなたが一緒になれないなら、かわいそうだと」

「かわいそう、か」

「すみません」

上から目線だったかと思って、少し落ち込んだ様子のリーグに頭を下げる。

肩を掴まれたまま頭を下げると、リーグの胸元に頭が当たってしまう。イレアナが慌てて顔をあげようとすると、リーグの腕がそれを遮った。

ぐっと、上から押し付けるように抱きしめられてイレアナは声もあげられないほどびっくりする。のびっぱなしのイレアナの髪に顔をうずめながら、リーグは熱い息をもらしながらひどく辛そうに声をあげる。

「悲しくは、ないのか」

「えっ――」

「俺は、お前が結婚すると聞いたら、悲しい」

「はあ……」

「お前は、俺の結婚を聞いて悲しくはなかったのか?」

リーグの口元がさらに耳に近寄ったのか、熱い吐息とともに声が吹きこまれる。イレアナはぞくっとするような、リーグの低い声音に、身体を大きく震わせる。

優しい、お兄様だったはずなのに、急に変わってしまったようだ。

大きな腕は私を逃そうとはしない。私が、彼の問いに答えるまで。

イレアナは胸を大きく喘がせながら、息を吸い込む。

「さみしかった……です」

「さみしかったのか?」

「もう、こうして、私に話しかけて下さらなくなるのかと、優しくして下さらないのかと、そう思うと―――」

「そんなわけ、ないじゃないか」

「そう………ですか」

リーグの満足のいく答えではなかったらしい、だけどリーグはようやくイレアナの身体に蔦のように巻いていた腕をはなす。そして、少し苦しげな様子でイレアナの髪を撫でながら「いきなりすまなかった」と謝ってくる。

イレアナは言葉ではなく、首を横にブンブンと振ることで、自分の気持ちを表すと、そのままリーグがイレアナの肩をはなすまで顔を見ないように俯くことしかできなかった。



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