5話
「リーグ様にも、困ったものだよ…」
母親がスープを盛りながら重い口を開く。イレアナは母から受け取ったスープを食卓に並べながら母親の話に耳を傾ける。
「何かあったのか?」
一日の仕事が終わって椅子に深く腰をかけていた父親が、母の言葉に反応を示す。ふたたびスープをとりに行こうとすると、母親が二つのスープをもってこちらへとやってくる。イレアナはそれを確認してから、バケットを切るために台所へと向かう。台所といっても、居間と台所がつながっているので話は丸聞こえだ。
「どうやら、結婚を嫌がっているみたいでね」
「なんでまた?」
両親に逆らうことなど今まで一回もなかった、素直な若様の突然の反抗に父親は目を丸くしながら、母親に視線を向ける。
「それがわかったら、苦労はしないでしょう」
「そうだなー……」
父親は、椅子を揺らしながら思案にふける。
「他に好いた人がいるんじゃないか? ほら、あっちの学校に行っていた時とかにさ」
父親の言葉に、母親は眉間に大げさなほど皺をよせた。
「好きな人、ねー。貴族様は大変だわね。自分の結婚もままならない」
「結婚して子供でもできたら情も湧くさ。それに、別に囲ったって困らないだろう」
父親の最後の言葉に、母親はきっと怒りの表情で父親を睨みつける。父は母の形相に、自分が地雷を踏んだことに気がついて、いそいそと食卓の椅子に腰かける。
イレアナはバケットを切り分けながら、両親の会話に耳を傾ける。
「結婚してすぐにそれじゃあ、さすがに相手側に申し訳ないでしょう」
「まあな。」
「お嫁にくる娘さんが可哀そうだわ。話によると、箱入り娘のお嬢さんみたいだし。リーグ様がずっとこんな調子だと傷つくわよ。可哀そうに……」
しんみりとした母の言葉に、父はう~んと頷きながら顎に手をあてる。
「まー、俺たちには関係のないことだから……な。なんとも言えないよ」
「ええ。まあ、そうですね」
両親の会話はひと段落したらしく、イレアナは少し不格好になってしまったバケットを皿の上に乗せて持っていく。
食卓の上に置いて、イレアナが椅子に腰かけると、そこでようやく私たちの夕食が始まる。
イレアナはパンをちぎりながら、ぼうっとさっき両親がしていた話を思い起こす。最近リーグ様の元気がないのはそういうことなのか。あちらの女性で、それにリーグ様がお好きになった女性なのだから、それはそれは美しい人なのだろうなと思いながら、イレアナは乾いたパンをスープで胃に流し込んだ。
好きな人と一緒にはなれない。貴族様とは大変ね。
貴族じゃなくても、好きな人と結婚なんてできないわよ――。
イレアナは胸の内から湧いてきたその言葉と、今日のリーグの憂いを帯びた瞳を思い出すと、胸が狭まるような、そんな気がして更にスープを飲みこむのだった。