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4話

「リーグ様……」

イレアナは弱り顔で目の前に立つリーグを見つめる。

洗濯物を干していたイレアナの前に突然現れたリーグは、口を開こうとしたイレアナを制するとそのままシーツの影に隠れてしまう。すると、すぐそこに奥様が走ってきてイレアナにリーグがこちらにこなかったかと聞いてきた。イレアナは瞳をうろうろと忙しなく動かしながらも、先ほどのリーグの姿を思い出して見ていないと返事をしてしまった。

イレアナの言葉を素直に信じた奥方は、再び小走りで去っていってしまう。奥方様の姿が消えると、シーツの波間の奥底に潜んでいたリーグがため息をつきながら出てくる。

「どう、しましょう……。奥方様に、嘘をついてしまいました」

奥方様に嘘をついてしまったと、動揺する私をリーグが宥める。

「僕が頼んだんだ。イレアナはなにも悪くないよ」

「しかし――」

「いいんだ」

リーグは言い含めるようにこちらを覗き込んでくる。イレアナは間近に迫ったリーグの顔に、思わず顔を赤くして下を向いてしまう。すると、ーグは戸惑ったように、ゆっくりと顔をはなす。そして宥めるように数度イレアナの肩を叩いてくる。

「リーグ様、そのっ――本当によかったのですか?」

「………ああ」

「でも、ご結婚のお話じゃ――」

イレアナは目の前にたつリーグが傷ついたような顔をしたので、言葉を途中で止めてしまった。尻つぼみで消えていった結婚という言葉が、二人の間を冷たい風となって駆け抜ける。

イレアナはその冷たい風に身体を震わせながら、目の前で何も言わずに立ちつくすリーグを見つめる。昔とは違って、すっかり背の大きくなってしまったリーグは、頭一つ上からこちらを見下ろしてくる。紫色の瞳が、薄暗くにごっていることに気がついたイレアナはリーグを心配げに見上げる。

イレアナのこちらを窺うような視線に気がついたのか、リーグはふっと微笑むと洗濯籠の中身に手をつける。

「リーグ様っ!!」

イレアナの悲鳴に近い声を気にしないでリーグはイレアナの仕事を奪ってしまう。

「こんなにシーツを干してどうするんだ?」

「…………………あの…」

あなたの結婚の時に集まってくる客人用のシーツですなんて、先ほどの様子をみて言えるわけがない。

黙り込んだイレアナに、シーツを広げながらリーグは横目で視線を向けてくる。

「……僕の、結婚式用か」

わかっている、とでもいうようにリーグはぽつりともらすとシーツを干し続ける。

イレアナはリーグのその行動を止めることができずに、ただじっと母親に見つかって叱られるまでリーグの隣に立っていることしか出来なかった。


「どうしてリーグ様にやらせていたの?」

目の前で眦をあげて騒ぐ母親に、イレアナは首を亀のように引っ込めながら黙って絶える。

「もう子供の時とは違うのだから、ちゃんと身分をわきまえないとダメじゃない」

口調を荒げる母親に、隣にいたリーグが口を挟んでくる。

「私が勝手にやったんだ。イレアナは何も悪くない」

「お止しなかったイレアナが悪いんです。この子は、昔からここの方々に優しくしていただいているのだから………、リーグ様。この子は、うちの子は一人でこれから生きていかなくちゃいけないんです。だからあまり、甘やかすのは―――」

母親の口から飛び出した言葉に、イレアナは顔を俯かせる。伸びっぱなしの髪が、イレアナの顔を覆うようにして垂れてくる。母親のその言葉にリーグは何も返せないでいると、三人の間に沈黙が重く横たわる。

イレアナは叫び出したくなるような想いに耐えて、ただ自分の手をぎゅっと握りした。母の言っていることは、正しい。

こんなに醜い自分を誰がお嫁にもらってくれるというのだろうか。しかしそれを言ってしまったら、リーグ様が傷ついてしまう。

母親は負目ゆえに、イレアナに必要以上に優しく接するリーグに静かに言葉を続ける。

「リーグ様。もう、あなたがこの子のこの傷を気にすることはありません。奥方様も、旦那様にも十分すぎるほどによくしていただいております。リーグ様がこの子に甘い顔をすると、新しいメイドたちも、それにあなたがお迎えになる奥様も面白く思わないでしょう……」

母の言葉にリーグ様は頷いたのか僅かばかり空気が揺れ動く。

「イレアナ……。すまなかった」

どれに対しての謝罪なのか、イレアナは顔を伏せたままリーグの言葉に首を横に振る。

ひどく、彼が傷ついていると思った。

弱り切った感じで、こちらに視線を向けているであるリーグに、イレアナは顔を上げられずにそのまま更に顔を埋める。

静かに去っていくリーグの遠のいていく足音を聞きながら、そっとイレアナが顔をあげると目の前に疲れた顔の母親が立っている。

「イレアナ……」

母親は私の片眼を見つめながら、そっと私の手をとる。

「また、こんなになるほど握り締めて」

母は詰るようにいうと、爪が刺さったことで掌についた赤い傷跡をそっと撫でてくる。

「水で洗い流しましょう。明日の仕事でばい菌が入ったら大変だわ」

イレアナは母親の優しい言葉に、こくんと頷くとそのまま手を引かれて使用人の部屋へと向かっていく。歩き出した時に、ふと視線を感じて後ろを振り向くと、とうに姿を消したと思っていたリーグが廊下の向こうに立っていた。遠すぎて表情はうかがえないが、確かにこちらを見ていることはわかった。

イレアナは何か言いたげなリーグに視線を送りながらも、母親に手を引かれてその場から歩き出すことしかできなかった。



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