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25話

これからどうしようか、どうすればいいのだろうか。


ポールはあの後謝罪の言葉を繰り返しながら足早に去っていってしまった。

一人静かな家に残されたしまったイレアナはさっき整えたばかりの衣服をすべて脱ぐと、汚れてしまったスカートを見て小さなため息をもらした。

もし、この事が父や母に知られてしまったらどうなるのだろう。

隙を見せたからだと自分を詰るのだろうか、それとも傷ついた娘に少し順番が逆になっただけだと慰めの言葉をかけるのだろうか、それとも、それとも………。

頭の中に浮かんでは消える父と母のいくつもの顔や言葉に、まだ何も知られていないというのにイレアナはすでに疲れてしまった。

泣くのも、否定するのも、喚くことも、すべてが億劫だった。

今は、誰のどんな言葉も聞きたくなかった。

こんな自分に触れられたら自分はきっと一瞬で弾けとんでしまうだろう、何をしでかすかわからない自身を身の内から炙るような熱にイレアナは胸をおさえた。

誰にもこんな自分を見られたくはない、見られてはいけないのだ。

このまま家にいても普通に振る舞える自信がなかった。

一人になりたい、そう思ったイレアナは脱ぎ捨てたスカートを小さく折り畳むと隠すようにして胸にかかえると未だに緊張し強ばっている身体でフラフラと歩き始めた。


ああ、やはり雨があがっている。

イレアナは雲間の影からわずかにもれている光の筋を見て目を細めた。

いつもだったら少し夢見がちな自分がひょっこりと顔を出してきて少女じみた妄想にふけるのだろうが、イレアナの傷ついた瞳にはそれが崇高な宗教画のように見えた。

灰色の少し紫がかかった重い雲間の間から射し込む少し橙がかった一筋の光。天からの梯子のようになそれにイレアナはその場で懺悔するかのようにして地面に両膝を落とした。

ひどく、苦しかった。

イレアナは絞り上げられて形をぐちゃぐちゃに変えてしまったかのように痛む胸に手を当ててうなだれる。

どうしようもない嵐のような感情がポールからそのままそっくり流し込まれたのかもしれない。荒れ狂いだし、血を流し始めた自分の胸に手を当てながら、イレアナは必死で祈った。

何も知らなかった頃の自分に戻りたい。

揺れる心のうちをポールに対して隠し続けることができなかった愚かな自分を詰りたい。

ひどいことをしてくれたポールとこのまま一緒に生きていくことが果たして自分にはできるのか、いやしなければならないのだ。

だって、だってーーー。

イレアナは自分が最後に吐き出しそうになった願いを目をつむって見ないふりをした。

こんなに苦しい思いをなぜ自分はしなければならないのだろう、全部全部あの人のせいだーーーっ。

ひどく攻めると同時に、求めている自分がいた。

なだめるようにして深く息をするが、どうもうまくいかない。

うまく呼吸ができずにうつむいたまま苦しげに肩を上下しているとイレアナの耳の自分の忙しない呼吸以外の音が耳に入ってきた。

「………イレアナ」

苦しげな、声だった。

低い、震えるこえで名前を呼ばれた。

今一番会いたくはないと自分に必死で言い聞かせていた人に。

イレアナは声だけですぐにわかってしまった自分に大声をあげたい気持ちになったがそれを抑えて、顔をあげてはならないと必死で自分の意思とは無関係に動き出しそうになる身体を両腕でおさえこむ。

森の中で一人うなだれながら膝をついているイレアナを見て、彼が何もせずに立ち去ることができるわけがないことをイレアナはどこかでわかっていた。

自分のこの拒絶は無駄なことだということはわかっていたが、顔をあげることができなかった。

今日だけは、今だけは見たくない。あってはならない。

(私を、見ないでーーー)

そう願った瞬間、肩に手がふれた。

とたんにあふれた熱い感情にイレアナは舌打ちしたくなった。

あれだけ否定したというのに、自分は奥ふかくでこの優しくて昔から知っていて今はもう私のものではない手を求めていたのだ。

触れたとたんに弾けるようにして出た本音に、イレアナはもう無理だということがわかった。

いくら否定しようと、彼でなければ私はダメなのだ。

彼に否定されたら、生きてはいけない。

でも、もしこんな愚かな私でも受け入れてくれると言われたら………恐ろしいくらいの幸福がイレアナの胸に去来した。

イレアナは伏せたままの自分の頬を両手ですくいあげられると、もう拒絶する気持ちもすっかり失せてしまった。

「いったい、どうしたんだ」

間近で見つめる彼の紫の瞳は不安で揺れていた。………たまらなくなったイレアナはその薄いが広い胸に飛び込む。

「リーグさまっ……」

風に吹き消されてしまいそうな小さな声だったが、こうして抱きついて耳元の近くでだとはっきりとリーグの耳に伝わったらしい。

リーグは一瞬の沈黙ののちに、背骨がきしむほどの力を込めてイレアナを抱きしめた。


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