23話
暗い屋敷の中から庭の方に目をやる。
今日は雨が朝から降っていたが、ようやく黒い雲の切れ目から青い空が顔をのぞかせて始めているのが見えた。
リーグは黙ったまま窓ガラスに手をついた。
窓越しに見える自分は、思いのほか冷静な顔をしていた。
アウラが最近調子が悪いと言っていたので、今日は街から医者を呼んだのだ。
アウラは食事中に吐き気を催すことが多くなった。
いくら自分が男だからと言っても、それが何かわからないほど阿呆ではない。
やることはやっていたのだ。
まだ確証はないが、沸き立った様子の屋敷の空気が気持ち悪かった。
静かなで暗い我が生家に広がる静かなざわめきに、リーグはガラスに額をつけてじっとしていたら、アウラのことを見ていた医師が診察が終わったと侍女が走ってしらせにくる。
何を言わずとも、紅潮しきったその頬と隠しきれない興奮を見せる侍女を見たらすぐにわかってしまう。
ひどい話だが自分の子が出来たという事実に喜ぶより、これで本当に彼女を諦めるしかないことにリーグは頭がいっぱいになってしまった。
リーグが部屋に足を入れると、そこにはベットの上に転がったままのアウラの姿があった。
アウラの海色の瞳は濡れていた。アウラが口を開くより先に、当家の主治医である年老いた男が静かに頭をたれた。
「おめでとうございます」
それが決定打だった。
アウラの瞳から涙があふれる。
それは役目を果たしたという安堵と喜びからなのだろうか。
アウラが手をこちらに伸ばしてくる。わずかに震えるそのか細い指先に、リーグはそっと手を伸ばし彼女の望んだとおりにしてあげる。
「……ありがとう」
リーグがベットに腰かけて頭をなでると、アウラは一気に明るい顔をしてこちらに身体を寄せてくる。
若い当主たちのそんな姿に主治医は弱ったと言った様子で汗を拭っている。
リーグはアウラが落ち着くまでそうしてから、まだ何か言いたげな主治医に視線を向ける。
「まだ安定期には入っていないので十分お気を付けください」
「ああ」
リーグは小さくうなづき返しながら腕の中の自分の子を孕んだ女を見つめた。
ひどい夫だ。
ひどい父だ。
一瞬でも自分の頭をよぎった恐ろしい考えを払しょくしながら、リーグは嫁いできたころよりか細くなったアウラの肩にゆっくりと手を置おいて宥めるように優しく叩いた。
柔らかく身を任せるアウラを見下ろしながら、どうして彼女を愛することができないのだろうかと薄情な自分を悲しくなる。
彼女を愛せば、それで自分は救われるのだ。
この報われない愛から。
嫉妬に身を焦がすことも、彼女を想って眠れぬ夜を過ごすこともなくなる。
彼女を愛し、彼女を忘れたら。
それで全てが丸く収まるのだ。
リーグはそう自然と考えることが、アウラに対する何よりの裏切りだということに気がつくことができなかった。出来るはずがなかった。