22話
イレアナは恐慌状態に陥って、がむしゃらに手足をばたつかせる。
必死な抵抗を見せるイレアナの動きを封じるようにしてポールはさらに体重をかけてくる。
塞がれた唇によって声を出すことは叶わなかったが、イレアナは必死で助けを求めた。
ようやく放された唇にイレアナが咳きこみながら息を吸うと、目の前のポールも大きく肩を上下させた。そしてそのままイレアナの首筋に唇をおとしてくる。
イレアナはわなわなと震える唇で必死に拒絶の言葉を繰り返す。
「いやっ、いやです。お願い、いやです……」
喉元から肩にかけて何度も何度もポールに舐めあげられながら吸いつかれると、イレアナは嫌悪に肌を粟立たせる。
「どうして……まだっ、っ、結婚してないのに……」
涙声の訴えにポールは忙しない指先で胸元のボタンを外しながら視線をようやく向けてくる。
「ひどいことをしている自覚はあります、でも、止まらないのです。まさか、まさかとは思いますが、あなたはこの身体を、彼に許していたりするのではないか、そう思うと怒りにも似た何かがこみあげてくる。君は、僕のものなはずだ。それなのに、そんなこと、許せない。……許せるわけがないだろうっ」
最後の言葉と同時に、イレアナの胸元のボタンが勢いよく引きちぎられる。
露わになった薄い下着の上から、ポールの掌が覆うようにして乳房に触れてくる。
熱いその掌にイレアナはおびえながらなんとか彼の身体の下から抜け出そうとする。
「そんなわけありません! そんなことないです、ありえません!!」
悲鳴じみた声で否定をするイレアナに、ポールの眉間にしわが寄った。
いら立ちを隠そうとしないその顔に、イレアナは思わず言葉を飲んでしまう。
間近で覗きこまれると、深い酒の匂いが鼻につく。
顔を見ただけでは気がつかなかったが、ポールはそうとう飲んでいるらしい。
いつもだったら理性を決して失わないであろう彼のストッパーが酒によって壊れてしまっていたのだ。
ポールは普段の聖人君主のような顔を一変させた。
「どうせ、どうせ結婚するんです。だからかまわないでしょう。今すぐ確かめたいんです。あなたのこの身体が清らかであるということを―――」
あなたの身体と言った瞬間に乳房の上に置かれた手が動き出す。
イレアナはその手を必死で止めながら、大きく首を横に振った。
いくらそうだからと言って、こんな無体許せるわけがない。
必死で拒絶を見せるイレアナに、ポールはいら立った様子で必死の抵抗を見せるイレアナの腕を片手で封じ込めて見せた。
イレアナはなすすべもなく簡単に封じ込められてしまった己のか細い手を呪いながら、必死でポールに訴えるが、ポールを止めることはできない。
「いやぁいやぁっ……… っやだあ!!!」
イレアナが一層高い声で叫ぶと、ポールは突然イレアナの顎を片手で掴んだ。
口を動けないように固定されると、ポールが顔を近づけてくる。
「………こっちは、こっちは君みたいな女をもらってやるんだ」
ひどい言葉だった。
酒とこの異常な事態ゆえに興奮しきった彼は、今自分が何を言って、その言葉でイレアナがどんなに傷ついたかなんて理解できないだろう。
あらぶる感情のままに吐きだれた言葉は、確かに彼の心のどこかに隠された一つの本音だったのだろう。
イレアナは結婚する男の暴挙と暴言に飲みこまれて抵抗する腕を緩めてしまう。
すっかり虚脱しきったイレアナの足に、ポールの手が触れる。
柔らかい内ももに爪を立てるようにして触れる指に、イレアナは目の前が真っ暗になった気がした。
自分は、このまま、なすすべもなく流されてしまうのだろうか。
リーグにも触れられた事がないのに、ショックでぼんやりとした頭でイレアナはそう思った。
彼は、私を好きだと言ったのに、ここまで乱暴な真似はしなかった。
確かに強引に抱き寄せられたり、腕をとられたことがあったが、ここまでのことはなしかった。
それなのに、どうして好きだの一言もまだ言わない、誰よりも誠実でいてほしかった彼が、ここまで触れてくるのだろう。
乱暴にこの身を齧る男から目をそらしながらイレアナは涙をこぼす。
彼の名を叫ぶことは叶わない。許されない。
一度呼んでしまったら、本当に、もう戻れなくなってしまう。
粉々になってしまいそうな自分の心を悲しく思いながら、イレアナは諦めに似た感情で瞳を静かに閉じた。
この行為が早く終わってしまえばいいと願いながら、目をつむっていれば終わるだろうそう思って閉じた瞳の奥で更に暗い闇を見る。
自分は、この後、こんなことの後に、彼を愛せるのだろうかと―――。
その疑問は嫌悪で粟立つ肌と、だんだんと熱くなり始めた不義理な身体とは別に凍りつきそうなほどに痛む心が如実に語っていた。
私は、これから、どうやって、生きていけるのだろう。