21話
天気が悪いのでイレアナが一人で繕いものの仕事をしていると家のドアが叩かれた。布をおいたイレアナは立ちあがると叩かれたドアに手をかけ開いた。
「……ポールさん」
そこにはびしょ濡れのポールの姿があった。息をのんだイレアナに、ポールは照れたようにして頬笑みながら手を軽くあげる。
「ここにくる途中で突然雨にふられてしまいまして…」
ぬれ鼠状態のポールに、このままでは風邪を引いてしまうと思ったイレアナはポールの手を掴んで家の中に引き入れた。狭い部屋の中で所在なさげに立っているポールの頭に洗いたての大きなタオルをかぶせて椅子に座るよう促す。
「合うかわかりませんが、父の服を出してきますね」
あ、あと暖かい飲みのものを出すためにお湯を沸かさないと、慌しく準備を続けるイレアナをポールは濡れた前髪の隙間から申し訳なさそうに見つめていた。
背がすらりと高いポールに父のズボンをはかせるとやはりというか短かった。見える足首に、イレアナは苦笑いしながら、芯まで冷え切っただろう身体を思って暖かいお茶を出す。
「何から何まで、本当に申し訳ない…」
「いいえ。これくらい、大丈夫です」
だって私たち夫婦になるんですもの。イレアナは言えない言葉を飲みこんで、ただ微笑むだけにとどめておく。
「これは、イレアナさんが作ったのですか?」
「……はい。お口に合うといいのですが」
熱いミントティーを口にしたポールは頬笑みながら「とてもおいしいです」と口を開いた。
「この前私に会いにきてくださっていたと母に聞きました。お会いできなくてすみませんでした」
イレアナは母親から聞いていたポールの来訪を思い出して謝罪すると、ポールは少し居心地が悪そうにして椅子に座りなおした。
少し落ち着きをなくした様子で、明らかに心ここにあらずといった様子で頷き返すポールを不審に思いイレアナは口を閉ざす。
黙り込んだままポールを見つめていると、ポールは思いつめたような表情をやっとこちらに視線をむけた。
「あの日、会わずに突然帰ってしまったのは悪いと思ってます………。でも、実はあの日私は君を見ているんだ」
イレアナはポールの瞳を見つめながら、彼の言葉の続きをまった。
先ほどまでとは逆で今度はイレアナが落ち着かない気分になって思わず髪に手をやってしまう。
「庭にいたね……」
イレアナはポールのどこか問い詰めるような声に、下を向いてしまう。
まさかとは思ったが、彼はあの場にいたらしい。
できれば誰にも見られたくなかった。
一生秘めるべきか忘れるべきであろうあの場面を。
イレアナの無言を返事だと思ったらしく、ポールは言いにくそうに言葉をつづけた。
「君と彼は―――そういう仲なのか?」
そういう仲、抽象的な言葉だったが、イレアナを戦かせるのには十分な言葉だった。
イレアナは首を横に振る。
違うのだ。
あれは、彼が無理やりしたことで、私が求めたことではない。
やめてと、泣きながら言ったのに止めてくれなかった。
えぐるようにして触れていた意地悪な舌先を思い出して、イレアナは腕に手を伸ばす。
どうして彼はあんなことをしたのだろう、それに自分もなぜ泣くだけであのままでいてしまったのか、本当に嫌ならばリーグを叩いてでも逃げるものではないのだろうか。
イレアナはそこで自分もあの時、どこかで彼の暴挙を受け入れていたのではないかという思いに駆られる。
はっとした顔で目を見開いたイレアナは、そこでようやくポールの顔を見つめた。
ポールの顔を見つめながらイレアナは首を横に振る。
幼子のようなその様子にポールは痛ましげに目をひそめた。
そしてあの日のリーグと同じようにしてイレアナの腕を掴んだ。
強引な腕にイレアナは悲鳴を上げる間もなく、あっという間に引き寄せられる。
………イレアナは強引なその口づけを避けることが出来なかった。
口と口とを繋げると、ポールから酒気が漂っていることにようやく気がつく。
いつもの穏やかな様子とは違い、どこか獰猛な獣を思わせる彼にイレアナは声をあげそうになったが、その悲鳴ごと奪うようにして繰り返される口づけになすすべもなくその場に押し倒されてしまった。