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2話


 いつものように中庭で、花壇の中の雑草を引き抜いていると後ろに誰かが立った。

こうして私の後ろに立つ人物は決まりきっているので、私は日差しを避けるために深くかぶった帽子を、泥のついた手で上げながら顔をあげる。

土のついた手で触った為に、帽子の白いレースに汚れがついてしまう。

帽子を被っているために、私からは見えない汚れを目の前に立つ彼は柔らかくほほ笑みながら指摘してくる。

「イレアナ、白いレースに泥がついてしまっているよ。大事にするってあんなに言っていたのにね」

黄ばんだエプロンをする私には相応しくない、上等な白い繊細なレースがついたこの麦わら帽子を街から買ってきた彼は、泥がついてしまったことに慌てふためく私を静かな紫色の瞳で見下ろしてくる。

慌てて被っていた帽子を外してしまった私のたまご色の髪はすっかりぐしゃぐしゃになってしまっていて、その惨状に恥ずかしくなると帽子を胸に抱いたまま下を向いてしまう。

「また、花壇に入っていたの?」

私は胸に帽子を抱いたまま、首を縦に振るだけで彼の問いに答える。

大きな声を出して返事もしない無礼極まりない使用人の私を、彼はいつも怒らないでそっと綺麗に微笑む。

「イレアナ、仕事に精をだすことも大切だけど……」

彼は私の前にしゃがみ込むと、邪魔だからと袖をまくってしまった私の腕をとって、日の下にさらされた私の肌に触れる。

「肌を出すとまた腫れてしまうよ。今日は日差しが強いからね」

そう言いながら、まくっていた袖を下ろすと、彼は私の顔を間近で見下ろしながら、くすっと耐えきれないというように笑い声をあげる。笑った彼は、私の鼻にそっと触れると、ついている土をぬぐってくれる。

「ありがとう――ございます」

私の小さな声に彼はうんと頷くと、胸に抱えていた帽子をさっととると、私の鳥の巣見たいな頭を綺麗に後ろに撫でつけて帽子をかぶせてしまう。

「……あまり無理をしないで」

「はい」

素直な私に、彼はほっとしたように頷くと、帽子の上から頭に軽く手を置いてから立ち上がる。

「じゃあ……」

彼はそう言い残すと屋敷の方へと歩いていってしまった。イレアナはそれを、花壇の草花に埋もれたままじっと見送る。

彼は、若旦那さまは、とてもお優しい方だ。

普通の人より、のろい、とろいと称され、実の親も頭を抱えてしまうような私に、彼はいつも優しく話しかけてくれる。幸運なことに、私と彼は幼馴染だった。今では、そんな風に呼べないが、昔はリーグと親しく名前を呼ぶことを許してくれた。小さい私が父や、母の手伝いをしている姿を見ると、彼はいつも傍によってきて、そして誰も見ていない時はこっそりと私を遊んでくれたりしたのだ。

少し年上のお兄ちゃんだったリーグ様は、13になると同時に学校の寄宿舎に入ってしまった。それ以来、長期の休みの時に帰ってきては、街から買ってきたという物を、産まれてからこの森から出たことのない私にくれた。綺麗なレースのハンカチや、帽子などに、私は片眼だけの瞳をキラキラと輝かせながら、その身の丈に合わないプレゼントを受け取った。断るとリーグが悲しい顔をするので、仕方なく受け取っているのだ。そう言い聞かせながら、満面な笑顔を隠すこともできずに。

イレアナはぎゅっとリーグがかぶせていった帽子に両手を乗せる。

リーグがこんな風に優しいのは、私が―――光栄なことに彼の幼馴染ということと、この瞳に原因がある。

小さい時に、リーグと遊んでいた時に不慮の事故で私は左目の視力を失った。

いびつにひきつった左目。

醜いそれは、人に見せていて愉快なものではなかったし、それにリーグがそれを見るたびに泣きそうな顔をするので、私は前髪を伸ばし、その下でさらに白い眼帯をすることで隠していた。数年前にリーグがくれた、繊細なレースの刺繍がされたクリーム色の眼帯は、私の一番の宝物だ。私は、長年の土いじりですっかり荒れてしまった指先で、そっと自分の左目を抑えながら、唯一見える右目で屋敷の中へと消えていくリーグを見つめる。

母親の話によると、彼の結婚話があがっているらしい。

学校を卒業してこちらへ戻ってきた彼に、結婚話がすぐにあがるのは当然のことだ。

リーグ様はご結婚なさるのだから、今までようにあまり親しげに話しかけたらだめだよ。

そう、母親に言われたことを思い出しながら、イレアナは左目を眼帯の上からさする。こんな醜いものがいたら、リーグ様のお嫁さんが怯えないからしら。すっかりのびっぱなしになっている、自分のくしゃくしゃな髪を指先でつまみながら、イレアナは片眼だけの瞳を静かにふせた。




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