15話
「おかえりなさいませ」
若い主人たちをむかい入れてくれる使用人たちの姿に、アウラは軽く頷き返しながら差し出されたリーグの手に自分の手を重ねる。
ここは自分の終いまでの住居となる場所。馬車から地面に降り立ったアウラとリーグは屋敷の中に入る。中の階段の前にリーグの両親の姿があった。結
婚式以来あってなかった彼らは、アウラとリーグが手を取り合っている姿を見るとほっとしたように息をついた。
アウラはそれを、そっと細めた瞳で見つめながら両親の前で優雅にお辞儀をする。
「お父様、お母様。……本日からよろしくお願いいたします」
アウラの言葉にリーグの父は頷きかえすと。リーグの母親が頭を下げたままのアウラの肩にそっと手を乗せてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
母親の言葉にアウラは頷きかえすと、そのままリーグの母親の手に促されるまま母親の個人的な私室へと促される。
アウラはリーグと離れることに、少し不安を覚えてちらりとリーグに視線を向けたがリーグは父親と密談をはじめていて、こちらに一瞥さえむけてくれない。
アウラはそれを寂しく思いながらも、家を離れていた間の執務のことについて話しているのだろうと思いなおして、優しいリーグの母親の後ろをついていった。
「………すごいですね」
アウラはリーグの母親とむかい会いながら紅茶を楽しんでいた。アウラは紅茶の香りを楽しみながらそっと窓から外に視線を向ける。
アウラの視線をたどったリーグの母は、アウラの関心が何に向けられているのかを知ってそっとほほ笑む。
「あら……。あぁ。そうでしたわね。アウラさんは我が家に来るのが初めてでしたね」
リーグの母親は音を立てずにカップをテーブルの上に置くと椅子から立ちあがる。そして、窓のすぐ近くまで歩み寄ると、窓を開いた。
風と共に花の香りが室内に入ってくる。アウラは紅茶の湯気から顔を離し、その香りを胸一杯に吸い込んだ。
「ラベンダーが、多いのですね」
「ええ。昔から自生していたものをそのまま、ね」
「昔から、ですか」
アウラもリーグの母親にならって、そっと椅子から立ち上がると隣に立つ。
隣にきたアウラにリーグの母親はそっと自分の身体をはじによせて、アウラに中庭が見やすいようにする。
座っていたためにあまり目に入らなかった中庭の全貌を見て、アウラはうっとりと息をつく。中庭は見事に紫色に染まっていた。
「色をそろえているの」
うっとりとした様子で中庭を見つめるアウラに、リーグの母親は言葉を続ける。
「リーグはよくこの中庭で遊んでいたわ」
「そうなのですか………」
リーグの昔話にアウラは窓の外を見つめながら耳を傾ける。
「えぇ。小さい時は中庭を。少し大きくなってからは森の中を走り回っていたわ。見た目と違って意外とやんちゃな子供でね。いつもどこから見つけてくるのか、傷ついた小鳥や、動物を連れて来ては私たちを困らせたわ……」
幼いリーグが無邪気に笑いながら中庭をかけていく姿を想像して、アウラは笑ってしまう。
「本当に心の優しい子なのよ。ほんのちょっと先のことは考えられないけどね」
そういってクスクスと笑うリーグの母親に、アウラはそっと瞳を伏せながらはにかむ。
目を伏せ中庭から目をそらすと一層強くラベンダーの香りを感じた。強く吹いて屋敷の中にその香りをもたらした風に誘われるようにアウラは顔をあげる。
「……………あれは、庭師ですか?」
誰もいない、花しかなかった庭園にひょっこりと黄色い頭が出ていた。
ラベンダーの中にあるそれは、一瞬大きなたんぽぽみたいに見えた。
アウラの言葉にリーグの母親は頷く。
「そうよ」
「女性なのですね。…珍しい」
「えぇ。そうね。………アウラさん。リーグが幼い時に描いた絵があるのだけど、一緒に見ない?」
リーグの母親はそう言うと、さっと身を翻して絵をとりに行ってしまう。アウラはその後ろ姿を見送ってから、再び窓の外に見える人に視線を向けた。
花の中で微動だにせずにいる女を、じっと見つめていると強い風が吹いた。
強い風は花の中の女のたんぽぽいろをした髪をまきあげる。
「………あぁ」
風のせいであらわになった女の面を見て、アウラは静かに声をあげた。
先ほどリーグの母親がいった傷ついた動物の話と女の眼帯を見てアウラは納得する。
リーグが捨てられないという傷ついた小鳥はあれなのだと。