13話
「イレアナ、ご挨拶を」
母に言われてイレアナは緊張ゆえにぎゅっと締めつけられた喉をなんとか拡げる。
「はじ…め、まして。イレアナと申します」
今日は、イレアナのお見合いの日だった。
リーグ様たちが帰ってくるまえに、なんとか結婚をきめてしまおうという思惑で、屋敷に呼ばれた婚約者になるかもしれない男性。
「はじめまして。ポールと言います」
イレアナの緊張をほぐすように目の前のポールはほほ笑む。ポールは赤茶の髪に、厚い眼鏡をしていた。あまり身なりには気をつかないらしく、着てきたスーツの背中には埃がついている。話によるとポールは大学で働きながら研究をしているらしい。最初に彼がしていることについての説明をうけたが、イレアナにはさっぱり理解できないことだったので、呆然としてしまった。イレアナのそんな様子をポールは笑いながら「難しいことを言ってしまいましたね」と言ってくれた。
イレアナは自分の学のなさに恥ずかしさを覚えながら、ポールは嫌な人間ではないなと思った。どうしてこんな人が私の相手に、そう思ったが、それはポールの言葉でわかった。
「いやー。一人も長いと、困ったものです」
そう言いながらポールは、後頭部をがしがしとかいた。
「妻が死んで十年ほどたつので………お恥ずかしい限りです。子供もいるんですが、両方とも男なので―――家の中はこの通り、ですよ」
そういっておどけるポールに、父は笑いながら頷き返す。隣の母は少しひきつった顔をしたが、それでもなんとか笑顔を返している。
「そちらには伝わっていると思いますが、私は妻を十年前に亡くしていてそれ以来息子と二人で暮らしています。イレアナさんとは歳も離れているのですが―――」
そういって、ちらりとこっちに視線を向けてくるポール。
イレアナは母親に背中を押されて、飛びあがるようにして背を伸ばす。
「いいえ。その、会うまでは不安でしたけど。でも、お会いしたらすごく優しいそうな方だって、そう思いました」
「あはは、よく言われます。それしか取り柄がないんですよー」
イレアナの言葉に照れるようにしてほほ笑んだポールに、イレアナも頬を染める。優しい人だと思った。ガチガチに緊張するイレアナをときほぐすように、笑い話を交えつつ話す姿を見て。
確かに年は少し離れているが、それがなんだというのだろう。
目の前で頬を少し染めながら微笑むポールに、イレアナも頬笑み返しながら思う。
この人と一緒になったら、たぶん幸せになれると。
イレアナとポールの結婚話は、トントン話で進んだ。
父や母は、結婚できないと思い先を思い悩んでいた娘の決まった将来に喜び、そしてこの家から出ていくことに内心ほっとした様子だった。
さすがにリーグがいない時に全てを済ませてしまう、というのは時間的に無理だったが。
とりあえず、私は売約済み、となったのだ。
ポールは私の隠された瞳を眼帯の上から痛ましいものを見るような瞳で見てくれた。
二人でした時に瞳を見せて欲しいと頼まれたが、私が無言で拒否すると、それを嫌な顔をするわけでもなく「僕たちにはこれから先、多くの時間が待っているわけだからね。急にいってすまなかった」と謝ってくれた。
イレアナはポールのその言葉に感謝しつつもそっと瞳を伏せる。
そうなのだ。
私は、この人の妻になる。
自分がまさか、お嫁にいけるなんて思ってもいなかった。
この屋敷で、父と母と共に、この家の方に使えて生きていく。
それが、私の一生だと。
しかし急激に変わってしまった自分の未来に、イレアナは腹の下からこみあげてくるような熱を感じた。
その熱はうだるような熱をともなってイレアナの身体の内を焼き焦がす。
幸せなのだと、そう自分にいいきかせた。
燃えるように湧きあがる、叫びを押しこんで。
頭の内に浮かんだ、彼の、あの時の言葉なんて忘れて。
幸せになりたい、と、イレアナは心のそこから思った。
幸せになって、両親を安心させたいと。
イレアナは泣きだしたくなるような、想いをこらえながら必死で笑顔を取り繕う。ほほ笑んだイレアナに、ポールも静かに頬笑み返してくれる。
イレアナは、再び幸せだと、自分に言い聞かせた。