12話
「リーグ様」
「わかってる!」
執事の言葉に、苛立ちながらリーグは答える。
「もう諦めてください。あなたの為にも、あの娘のためにも」
正論をいう執事に何も返せずに、リーグはただ苛立つことしかできない。
妻が買い物に出かけている間に、父が置いて行った執事がそっと近寄ってきた。
そして言ってきたのだ。イレアナの結婚が決まったと。
「父の仕業か――?」
リーグの怒りを隠しきれない声に、執事は冷静に答える。
「いいえ。あなた様のせいです」
「………はっきりと、言うな―」
執事のはっきりとしたものいいに、リーグは項垂れる。
確かに、あの時の自分は冷静ではなかった。イレアナにはかわいそうなことをしてしまった、しかし――――。
頭ではもう諦めろと。諦めた方が互いのためにとって一番なのだということはわかっている。しかしイレアナが、自分ではない他の男のものになると思っただけで頭が沸騰しそうなほどの怒りに襲われる。我を忘れて、屋敷へ帰ってイレアナをすぐにでも奪ってしまいたい気持ちをなんとか抑えながら、リーグは肩で息をする。
「恋とは、恐ろしいものですな……」
執事の静かな言葉に、リーグは卑屈に笑う。ひどく投げやりな気分だった。
「なんだ? お前にも思い当たることがあったのか?」
リーグの馬鹿にしたような物言いに、執事は怒るわけでもなく静かに頷く。
「私にもあなたと同じように若い時がありましたから」
「ほう。で、その女とはどうなったんだ?」
「死にました」
あっさりと告げられた言葉にリーグは返す言葉を失う。黙り込んだリーグに、執事はわずかに口元を弓型に引き上げる。
「別に気になさることはありません。もう何十年も昔のことです―――」
「辛くは、ないのか―――?」
「辛い時もありました。でも今は穏やかな気持ちで彼女を思い出せます。………リーグ様、例え今がどんなに辛くてもいつかは思い出になります」
執事の言葉にリーグは昼間だというのにワインを一気におありながら吐き捨てるように口を開いた。
「だから、諦めろと?」
「そうです」
リーグがため息をつくと同時に、部屋のドアが開かれた。
「あら……。もう飲んでいるの?」
部屋に入ってきたアウラは、リーグがワイングラスを手にしているのを見ると目を見張る。リーグはそんなアウラを見て苦笑すると「ほんのちょっとだよ」と言い訳にもならない言葉を返す。
そんなリーグにアウラは近寄ると、リーグが持っているグラスに手をかける。そして赤い液体が入ったそれを手にとると、リーグを真似てくるくるとまわし始める。
「そんなに、これはおいしいものなの?」
アウラはそう言うとグラスに口をつけた。ほんのちょっと口に含んだだけで、痺れるように身体を震わせたアウラに、リーグは苦笑しながらアウラの手からグラスを奪う。
「もっと、あなたに飲みやすいものを今度探しますよ」
「あなたではなく―――名前を読んで下さい。アウラと」
アウラが現れたと同時に、さっと音もなく姿を消した執事。
リーグは熱い瞳でこちらを見下ろしてくるアウラの瞳に不安の色を感じて、そっと彼女の腕をとる。そして自分の膝の上に彼女をのせると、不安で潤む瞳を見ながらそっとその願いを叶えてあげる。
「アウラ―――。今、帰ってきたの?」
「………えぇ。ほんのちょっと前に――……」
アウラは嬉しそうに目を細めると、リーグのシャツを握り締めた。
リーグは皺ができるほど握り締めるアウラの指先に彼女が抱いているだろう不安を見てとったが、無視するように目を背けてしまう。
ひどい男だ。いっそ嫌ってほしい。
そう思う自分は本当に最低な男だ―――。リーグが深いため息をつくと、腕の中のアウラは小さく震えた。
二人はまだ本当の意味での夫婦にはなっていなかった。