10話
あの日以来、イレアナはリーグを避けるようになった。
リーグも避けられる理由をわかっているからか、必死で避けるイレアナに必要以上近寄ってくることはなくなった。
イレアナは花壇の中で仕事をするでもなく、黙って座りこんだままぼうっとする。
あの日のことは夢だったのだろうか。いや、夢だったのだろう。
私の、都合のいい想いが見せた幻想。
それなら、私は彼が、好きなの、だろうか―――。
イレアナは頭が痛くなって額を抑える。こめかみを締め付けるような痛みが走る。普段使ってない脳みそを使ったからだろうか、ひどい痛みにめまいがしてイレアナは瞳を閉じる。
あの日リーグ様は酔っていた。酔っていた人のたわごとだ。本気にする必要はない。イレアナは固く閉じた瞼の裏で、そう自分に言い聞かせてから目を開ける。リーグ様の結婚式は明後日だ。
明後日、この家に新しい主人たちが誕生する。
だからといって、私の生活にはなんのかかわりもない。
私は、これまで通り、この家に使えて―――そして。
そして、どうするのだろう―――?
醜いこの顔で、この森の奥で、隠れるように生きていく。
この容姿ゆえに室内ではなく外での仕事を任され続け、草木に囲まれて続けて生きていくのだ。
イレアナは急に襲ってきた不安に押しつぶされるような前かがみになる。そして必死であえいで空気を取り入れる。
苦しくなんか、辛くなんかない。
ここで働けて、優しい主人に使えることができて、自分はとても幸せなのだ。
イレアナはそう自分に言い聞かせると、そのまま膝の間に顔を埋めて動けなくなってしまった。
今日は待ちに待った日だ。
立ったままのアウラにレモンイエローのドレスを侍女たちが着せていく。アウラはそれを実に幸福な気持ちで見下ろす。
「お綺麗ですわ」
感嘆のため息をつきながら褒める侍女の言葉にアウラは頬笑みながら頷き返す。
「ありがとう。とても、嬉しいわ」
「本当に、ついに待ちに待った日ですね」
「お嬢様がもうお嫁に行くなんて……」
実の母でもまだ泣いていないというのに、小さい時から使えてくれた侍女の涙に、アウラは瞳を熱くさせながらもなんとか頷いてみせた。
「私、幸せになるわ。彼のことを、ちゃんと愛するし、愛してもらう」
貴族同士の結婚が愛のないことが多いのはわかる。でもアウラは自分たちは違うとそう確信していた。
現に私は彼を愛している。
それに自分の旦那となる彼は優しかった。そんな優しくて美しい彼だからこそアウラも愛せるし、そしてきっと私の愛に彼も答えてくれると。
アウラは幸せな気持ちで鏡に映る自分を見つめる。頬紅をしなくても、バラ色に染まった自分の頬に手をあてながら、あと数時間で始まる自分の結婚式に想いを馳せた。