第81話『緑肉』
これを・・・食えというのか・・・このオッサンは?いささか失礼な思考をしているが、それも仕方のない事だろう。目の前に鎮座しているソレをオッサン、もといパブロさんは何も言うことなくがっついているけれど、私にはどうしてもソレを食べ物として受け入れることが出来ない。何かの肉・・・なのであろうことは分かる。しかしその色が問題だった。その色と言うのは、まぎれもなく緑、それもサザエなどの巻貝のキモの様な海藻などを食べてできた濃い緑ではなく、明るい緑、黄緑とかそういう類の色、ビビットグリーンともいえる。イメージとしてはアメリカのお菓子の色をしている肉を食べるなど、私には出来ない。絶対に。というか、見ているのもきつい。アメリカのそういうお菓子を食べたとき、絵の具を食べさせられた位(と言うか、絵の具かと思った。本当に。)の衝撃を受け、しっかりとトラウマになっている私にはどう頑張っても無理な注文だ。私は目の前にある皿を、しきりに食えと促してくるパブロさんの方へ静かに押しやった。
「なんだ、食わないのか?」
俺の方へ押しやられた皿を見ていう。ユウコの顔、こちらではあまり見かけない肌色をしているが、心なしか顔色が悪いように見える。それも仕方のない事だと思う。確かにユウコは強大な力を持っているかもしれない、だが女の子だ。女の子があのような、怪物がうろつく場所にいきなり一人で放りだされた時の心労はかなりの物だろう。ストレスで一時的に食欲が低下しているのかもしれない。
「まぁ、無理ならいいんだ」
美味いのにもったいないな。店の人にも悪いし、ユウコが食べなかった分は俺が食べる事にしよう。
「さて、これからどうするか、だな。問題は」
俺の言う事が分かっているのかいないのか定かではないが、ユウコも真剣な顔つきになった。
「お前、どこから来た?家は?」
分からない、か。ま、当然か。じゃ、次だ。
「ここがどこだか分かるか?」
分からない、と。これも予想通り。
「お前、喋れないのか?」
「少し」
少し?・・・とはどういう事だ?少しなら喋れるという事か?いや待て、こいつはさっき古代語を話していたはずだ。それも普段使う言葉の様に。そして、俺の予想通りならユウコは異世界の存在で、そこは古代語を公用語として使っていて、そこにはこちらの言葉など無い筈だ。なのに、少しこちらの言葉を話せる?服の汚れ具合から、まだ数時間しか経っていないように思えるが、違ったのか?
「まさか・・・俺が話す言葉で覚えているとかじゃないよな?」
「まさか・・・俺が話す言葉で覚えているとかじゃないよな?」
「何、俺の真似してんだ」
「真似・・・そう、真似」
真似?いやいや、人の真似だけで会話できるわけがない・・・のか?・・・確かに、赤ん坊が言葉を話すのは親の真似をするからだが、それでも何度も繰り返す必要がある。人が物を覚えるのには努力が必要だ。そうして人は言葉を、知識を覚えていくものだ。
「一度聞いたものは忘れないってことか?」
「私、一度聞、覚え、真似して、話す」
「何だよそれ・・・」
どんな天才でも、話し始めるまでに数年かかるというのに、ユウコはそれを数時間で走り切ろうとしている。一体どんな頭してんだ・・・。しかし、これでいくらか状況は良くなったと言える。俺だって、ずっとユウコを見てるわけにもいかない。だが、言葉もろくに話せないままユウコを放り出すわけにもいかない。拾ったからには最後まで面倒を見なくてはならない。それは拾ったものとしての義務だ。ユウコの能力からして、いち早く話せるようになるには、人と話しているのを見せるのが一番だと思うが、どうしたものか・・・。