番外『高校生七篠權の平凡なる非日常』
五百旗頭市は南北にそれぞれ山があり、市の真ん中を突っ切るように川が走っている。その川の支流と山に挟まれるようなところに俺の家、もとい住宅街が広がっている。この辺りは高層マンションなんていう殊勝なものは無く、殆どが一軒家である。たとえマンションの名がついていたとしても行ってみたらボロいアパートだったというのが関の山だ。
家から徒歩一分のバス停でバスを待ち、来たバスに乗り込む。バス最後部に陣取った俺はケータイを取出し、かなり溜まっていたメールを読んでいく。遊びの誘い、迷惑メール、親父が俺に間違えて送ってきたオカンに対するラブメール、迷惑メール、迷惑メール、釣りの誘い、家に居るチビたちからのお菓子買ってきてメール、迷惑メール、遊びの誘いに見せかけた迷惑メール、エトセトラ、エトセトラ・・・。くそぅ、迷惑メールが多すぎる。・・・そろそろメアド変えるべきか?畜生、メンドくせぇ。
そうして、ちまちまとメールを処理しているとやたらと図体のデカい黒づくめを先頭に、三人の黒づくめがバスに乗り込んできた。最後のメールに目をやると『怪人注意報』の文字が、マジかよ。そう思ったのもつかの間、図体のデカい黒づくめが声を上げた。
「キシャシャシャシャシャ!!このバスは悪の秘密結社『ヘルアーク』のイセービ様が乗っ取ってやったぜ!!」
そう言うとイセービは黒いマント?布?を取り払うが、狭いバスの中いろんな所に引っかかって勢いが殺され、結局体の半分しか見えないという中途半端な結果に終わった。
「ダサ」
「かっこ悪」
「何だ、エビ怪人かよ。じゃあ、弱点は殻と殻の間だな」
「すでに赤いし、茹でてもいないのに」
「あれよ、夏の暑さのせいだわ」
「あら、奥さんお上手ねぇ、オホホ」
と口々に言うバスの乗客たち、かなり辛辣である。もちろん俺はそんな事は言っていない。思っても言わないのが優しさだ。だが、乗客たちも怪人ごときに時間を潰されているほど暇でもないのだろう。どんどんと口撃がヒートアップする。そして、
「ウルサイウルサイウルサイ!!もう知るか!!これは産まれつきなんだー!!」
と叫んでイセービはバスから降りてしまった。その後を追うように降りてゆく黒づくめ、最後の一人が「お騒がせしました」と、とても綺麗な礼を見せた。意外と、悪の秘密結社はそんなに悪い事をしていないのではないのだろうかと俺は思った。
ここ五百旗頭では、さまざまな『ルール』が存在する。例えば『魔王』が居たら『勇者』が居るとか、『悪の組織』があるならそれを倒す『ヒーロー』が居るとか、そういうのだ。それは『お約束』と言い換えても問題ない。『ルール』があるからこそ、この街の平和は保たれている。『ルール』によって、それら『力』を持つ者達を縛っているからだ。ただ、その『ルール』の殆どに引っかからない存在もいる。それが『一般人』だ。『一般人』は『ルール』の最重要事項(例えば『魔王を倒すのは勇者のみ』とか、『悪の怪人を倒すのはヒーローのみ』だとか)に触れない限り何をしても良い(法律を守る限り)。正確には『ルール』に『一般人』についての事が明記されていないからだ。そこを逆手に取ったのが『都合会』という組織である。『都合会』に入れる第一条件に『一般人であること』というのがある。
話が逸れた。まぁそんなこんなで先の『エビ怪人バスジャック事件』に至る訳だ。『ルール』には『悪の怪人を罵ってはいけない』というのが無かったために起こった悲劇である。可哀想に。
五百旗頭は驚くほどに『一般人』が強い。恐らくこの街の住人は『一般人』ですら『主人公』になる可能性、因子の様な物を生まれつき持っているからだと思われる。まぁ、これは単なる予測だが。
「何はともあれ無事についてよかった。さぁ、服を買いに行くとしますか」
「な、何よあなたたち!!」
「へへっ、可愛いねぇ君。ねぇ僕たちと一緒にお茶しない?」
「イヤ!!叫ぶわよ!!」
「おー、怒った顔も可愛いね~」
そうして歩き出した俺の目に飛び込んできた光景。いかにもな美少女にこれまたいかにもなヤンキーが絡んでいるという、あれだ。さぁ、次の瞬間はどうなるでしょうか?1.イケメンが駆け込んできてヤンキーを倒す。2.美少女がヤンキーを倒す。ハイそこの君!!1番?さぁ、正解をどうぞ!!
「キシャシャシャシャ!!銀行強盗に成功したぜ!!ヒーローが来る前に逃げるぞ、お前たち!!」
「キーーーッ!!」
「きゃあ!?」
「キシャシャ!!この女の命が惜しいなら道を空ける事だな!!」
ハイ残念、3の怪人が割り込んできて美少女を攫う、でした~。ってまたかよ、よく会うなイセービ様。
「待て、怪人!!」
「何だ!?」
お?来たかヒーロー?
「・・・なんだ?え、誰?」
どうやら違うようだ。
「今その子と話してんのは俺たちなんだよ!!」
ここで、まさかのヤンキー!!え、もしかして・・・バッティングしたのか?いや、いくらなんでもそれは・・・。
「おい、あれ西高の『雷光』じゃね?」
「マジか!?あの東校の『猛虎』とライバルっていうあれか?」
しちゃったよ、バッティング!!何やってんの『都合会』!?
「で、行くの?行かないの?ま、この状況じゃどっちにしろ連れて行くけど、な!!」
「は、速い!!」
「ふん、人げぶばぁ!!グフッ!!アガッ!ちょ待っ!ウギッ!!」
イセービ様にセリフを言う暇さえ与えない程のラッシュをする『雷光』。さすが、そう呼ばれているだけある。しかし、あんなに堅そうな殻を持つ怪人を殴って痛くないのだろうか?
「・・・くっ!!・・・へっ、やるじゃねーか!!殴った手が岩を殴った時みてーに痛てぇぜ」
どうやら普通に痛かった様だ。そしてイセービは何もしていない、ただ殴られていただけだ。しかも、結構効いている。薄っすらとだが、イセービ様の殻にヒビが入っているようにも見える。
「キ、キシャシャ!そそ、そっちこそやるな、に、人間!!し、しかし!人間如きのパパ、パンチでは私の殻は破れまい!!!」
イセービ様、めっちゃくちゃ動揺してる。しかし、怪人としての矜持なのか強がりを口にしている。
「・・・っ!!俺じゃこいつを倒せないのか!?」
「キシャシャシャシャ!!そうだ!!だからさっさとそこを譲るんだな!!」
「くそっ!!ここまでかっ!?」
「諦めんのはまだ早いぜ!!」
「誰だ!?・・・誰だ?」
もしや・・・
「諦めたらそこで試合終了なんだよ!!」
「ごふぅ!!」
怪人にめり込んだのはパンチでもキックでもビームでも魔法でもなく、白いボールだった。出ました!!スポーツ系!!怪人、ヤンキー、熱血野球少年の異色のトリプルクロス!!!意味が分かんねぇよ。というかタフだな怪人、さっきからやられっぱなしなのに。
「ふっ、確かにそうだな・・・いいぜ、やってやるよ。どこからでもかかってこいやオラァ!!!」
「何だこれ!!」
イセービさん、俺もそう思うよ・・・。でもごめんよ、俺たちには何もできないんだ・・・『一般人』だから。
「俺には帰る場所があるんだ!!チクショォォォォォ!!そこをどけぇぇぇぇぇ!!」
「見せてやるよ、俺の奥義ライジングフィストォォォォォォォ!!」
「ごめんよ親父・・・でも今使わなきゃならないんだ・・・豪鬼神球!!」
彼らの戦いは、いまだ始まったばかり・・・。俺は路地に入って買い物を始めた。