第67話『スライム』
さぁ、前々から言っていた新しい主人公です。
最近多いですよね。スライムが主人公って、でも、うちのスライムはそんじょそこらのスライムとは違いますよ。多分。
やあ老若男女、紳士淑女、少年少女の諸君、初めまして。私は洲羅ないと、『スライム』だ。
スライムがどんな存在であるかは、皆さんご存知だろうから、その説明は最低限を除き省かせていただく事にする。私の粘液は緑色、顔は無く、核もない。まっさらなタイプのスライムである。
さて、そんなスライムである私だが、住む家というものがあり、家族もいる。スライムの家族ではない、人間の家族だ。そもそも、この「洲羅」と言う名字も「ないと」と言う名前も、その人たちに与えられたものである。
「ないとー、起きてるー?」
[起きているぞー]
私の寝室の扉越しに声を掛けて来たのは洲羅歩生、この家の一人娘であり、私の拾い主であり、私の名付け親だ。私は歩生の事を娘のように思っているのだが、体が固体とも液体ともいえない私には過ぎた事なのかもしれない。
さて、起きている、と言ったからには部屋を出なければいけない。私はベッド代わりのバケツから這い出ながら、ハンガーに掛けてある制服に触手を伸ばす。そして、他方に伸ばした触手で鞄を取り、さらに携帯を取る。制服の袖に触手を差し込み中に本体を移す、これはこの体だからこそできる時間短縮のテクニックだ。ものの数秒で支度を終えた私は、扉を開ける。
[おはよう、歩生]
「おはよう」
[今日は早いんだな]
「もうそろそろ大会があるからねー、朝練だよー、ってそれを言うならないともだよ。いつも早いよね」
[早寝早起きは健康の基本だからな。それにしても、大会か・・・私も出られるかな?]
「ないとは出ちゃダメでしょ、バランスが崩れるよ」
[大丈夫、触手は二本までしか使わないから]
「そのセリフは触手以外なら何でも使う人のセリフだよ」
[ははははは、バレたか]
「絶対出ちゃダメだからね」
[でないでない、安心しなさい]
さて、俗にいう『スライム』である所の私が、何故地球に、しかも日本のこの一軒家に住んでいるのかと言われれば、それは『前』の事から話さなければならなくなり、そしてそれはとても長くなることは避けられそうにないので、まだ冒頭部に過ぎないここでは語ることは止めておこうと思う。今、君たちが私について知っておいて欲しい事は、私にはとても大切な家族が居るという事、その一点に尽きる。私は家族のためならば何でもする。いくらそれが紳士的でないにしても。いや、もちろん私のアイデンティティを確立する上でその多くを締めている『紳士であれ』という名を覆す事はかなり難しいが。まぁ、その様な状況にならない事が一番である。
「おはよう、ないと、歩生」
[おはよう]
「おはよー」
二階から降りてきて、リビングの戸をあけた所に待っていたのは、この家の家主であり歩生の母親である、洲羅凰歌だ。凰歌はこの家の貴重な稼ぎ手でもある。歩生の父親はどうした、と問われれば、それはとても悲しい事であり、デリケートな事でもあるので、私が軽く語ってしまっていいものではない。
「今日は早いのね」
「うん、もうそろそろ大会だから」
[私はいつも通りだ]
「そうね、歩生もないとみたいにいつも早く起きればいいのに」
受け答えをしながら、朝食を取るための準備をする。『スライム』にも食事の必要がある。体の殆どが水分でできているとはいえ、水だけを摂取していればいい訳ではないのだ。人間と同じようにタンパク質やカルシウム、ビタミン、鉄分なども私の体を構成する上で重要なのだ。要するに、人間と同じように食事をする、という事だ。
歩生の分の食器を取り出しつつ、冷蔵庫の扉を開ける。卵が二つしかない、要買い物だ。牛乳と卵二つを取り出す、スクランブルドエッグにでもしよう。電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。割った卵を溶き牛乳を入れながら、フライパンを取出し火にかけ、少量の油をたらし温まるのを待ちながら、コーヒーメーカーを取り出す。最近の家電は凄いものだ、お湯がすぐに沸く。コーヒーを淹れながら、スクランブルドエッグをさっと仕上げる。後は塩コショウなり、ケチャップをかけるなりすればいい。
[出来たぞー]
「ちょうどこっちもパン焼けたよ」
この液体とも固体とも取れない体のせいで困る事もある。その一例がパンだったりする。まだ私が食べる分にはいいのだが、それを人が食べるとなると私の一部が付いたまま、と言うのは流石に問題になる。衛生的な面でも、精神的な面でも。私は一応、体から離れてしまったとしても全てを扱う自信はあるが、万が一があるので、あえてそれを踏み込えるような真似はしないに限る。
「はぁー、私もその触手が欲しいわよ、全く」
ため息交じりに凰歌はそう漏らした。
[どうしたんだ?]
スクランブルドエッグにケチャップでクエスチョンマークを書きながら訪ねる。
「いやね、最近、某国の軍からのアタックが激しくて・・・」
[・・・なぜ?]
「さぁ、それは私にも分からないわよ。私はあなたの研究で手いっぱいだっていうのに」
[ふむ・・・]
凰歌は生物学の権威であり、特に生き物の動くメカニズムを解明する辺りに力が入っている。私は凰歌の研究対象でもあるのだ。
[最近、何か造らなかったか?]
「え・・・えーと、暇だったからトンボの飛ぶおもちゃを・・・」
[・・・それだ]
トンボは最も早く飛ぶ生き物の一つである。大方、それに目を付けられたのだろう。
「あれもダメなのか・・・今度は暇つぶしに何を作ればいいのよ。・・・もう、Gしかないの?」
[多分、Gもダメだと思うよ]
「そんな!!じゃあ私に何を作れって言うの!?」
[むしろ何も作らなず、静かに本でも読んでいればどうだ?]
「それじゃつまらないじゃない!」
まぁ、こんな感じではあるが、一応大人であり、歩生の母親であり、立派な社会人なのだ。そのあたりの分別は流石についている。
「・・・でも、仕方ないわね。大人しく本でも読むとするわ」
[そうするといい]
「あ、話し終わった?じゃあ、送ってもらいたいんだけど」
[はいはい、じゃあ行ってきますね]
「行ってらっしゃーい」
「行ってきまーす」
私は外に出る際、人型を取っている。主な理由は制服を着るためである。正直な所、この体に隠すべき所もなければ急所もないので、服を着る必要はないのだが、制服はその所属を表すための手っ取り早い手段であるため、普段から着ている。
玄関から出た歩生は、ヘルメットを被っている。バイクに乗るためではない、私に乗るためだ。一般的な『スライム』といえば、一部を除きとても動きの遅いイメージがある。それは何故かと私は考え、早く移動する方法を編み出した。と言っても、体の一部をタイヤのように高速回転させるだけ、という至極簡単なものだが。他にも、触手を使いパチンコの要領で飛んだり、クモを模したアメリカンヒーローのように触手をいろんなところにつけ移動する、という方法があるが、人を運ぶ際はやはりこれが一番安定する。
「準備できたよ」
[じゃあ、行くとするか]
歩生を背負い、少し前かがみになり、右足を前に出し、左足を下げる。ローラースケートかインラインスケートをやったことのある人なら分かると思うが、この体制になることでバランスがとりやすくなるのだ。
ちょうど人間で言えば足の裏にあたる部分を回転させ始める。初めはゆっくりと、徐々にスピードを上げてゆく。初めこそ負荷がかかるため遅いが、スピードが乗ってくればかなり早くなる。それこそ、バイクほどのスピードを出せる。その安全対策のためのヘルメットである。
「じゃ、行ってくるね」
[行ってらっしゃい。あまり遅くならないようにな]
「分かってるって!」
そう言って、体育館の方へ駆けていく歩生を見送り、自分は教室へ向かう。さて、今日はどんな面白い事が起こるだろうか?
主人公が話すときのカッコが「」ではなく[]なのは仕様です。間違いではないのでご安心を。(笑)