第閑話『5.女性記者は決意する』
閑話、3の冒頭より繋がります。
それは突然の事だった。
小林にこの『街』に何があったのかを聞こうという矢先の出来事である。車の前方にいきなり現れた『何か』。突然現れたソレに、小林の運転する車はなすすべもなく激突。まるで車と正面衝突したかのような衝撃を受け車は停車した。その衝撃に私たちが立ち直る寸前、静まり返る車内にガラスの割れる音が響き渡る。そして聞こえる誰かのうめき声と、ぐしゃりという果物が潰れるような音、漂う死の臭い。その臭いに頭よりも先に体が反応した私は、気づけば車外に転がり出た。転がり落ちたといってもいい。
「・・・くっ、社長!!」
衝撃にいまだフラつく体に鞭打ち、社長が居る方のドアへと小走りで向かう。その時、運転席の窓に夥しい量の血が付着しているのを見・・・そして、それを成したモノと目があった。脳内に鳴り響く警鐘、急激に乾いていく喉、今にも抜けそうになる腰、恐怖に打ち震える脚。
「ケイ、逃げるぞ!!」
社長の声がする。いけない、大声を出しては!!やはり、襲撃者は社長の方に意識を向けたようだ。私が女だからだろうか、それとも社長の方が危険度が高いと判断したのか、襲撃者は体も社長の方に向ける。社長のお陰で、敵に隙が出来、私にもいささか余裕が出来た。それを無碍するわけにはいかない。私は、私の武器の一つである、時限式ペン型爆弾を取出し起動、襲撃者に投げつける。が、襲撃者は驚異的な反応を見せ、受け止められてしまった。襲撃者が嘲笑ったかのように見えた。しかし、そもそもが爆弾である、時間が来たそれは見かけによらない爆発力をみせた。派手に民家の壁を壊しながら吹き飛ぶ襲撃者。
「社長!!」
かくして、私と社長は逃亡を開始した。怒りの雄叫びを上げる襲撃者を背後に付けながら。
そして、社長が『何か』に捕まってしまった。恐らくは、襲撃者の仲間か。者と言うのは、人の形をその特徴に見受けられたからだった。獣のように体毛で体を覆われ、まるで犬のような茶色い三角の耳を付けたそれは人とは言い難いが。いうなれば、人と獣を無理やり合成したような生物だ。その生物が、低く唸りながら周りを見回す。おおよそ、人質を取っているとは思えない行動だ。しかも私は武器で武装しているというのに、だ。その事に考えいたる知能が無いのか、はたまた他に仲間が居るのか。・・・仲間?そうだ、さっきの奴は?後ろから私を追ってきていた襲撃者、小林を殺した奴は?私がこの路地に入って、もう十数秒も(・)経っている。いくら顔に向かって攻撃を仕掛けたからと言って、車に衝突してもびくともしない頑丈さだ、もう追いついているはずだろう。
「生存者確保~!!」
その声は、社長を捕まえている者の口から発せられた。私の耳にはそう認識された。日本語のソレに。しかしこの状況、油断は出来ない。私は武器を目の前の襲撃者に向けつつ、周囲に気を巡らす。
「もう大丈夫ですよ」
と聞こえるが、これは私自身の声で追い込まれた自分を落ち着かせるための幻聴かも知れない。更なる敵の襲撃を見越し、新たに武器を取出し左手に構える。この一連で大分武器を使ってしまったが、命には代えられない。
「大丈夫ですってば」
と聞こえた。この怪物を敵だと認識した私は、威力の弱い右手の武器を捨て、改めて強力な武器を取り出す。先ほども使った時限式ペン型爆弾だ。これが最後の一本だが、社長を救うためだ。このさい仕方ないだろう。
「って爆弾!?うわっ!!ちょ!?こっちに投げないで!!」
「私まで殺す気か。とりあえず言っておくが、これは敵じゃない」
その、社長の冷静な言葉に、我を見失っていた事に気づく。社長は既に捕われてはいなく、ひざを痛めたのか屈伸運動をしている。その脇には、茶色い三角の耳をした怪物の姿は無く、郊外だというのに上半身裸でボロボロのズボンを履いた少年が立ってこちらに向かって何か喚いている。
「この場合はどうすればいいの!?逃げたいけど、この人を置いていけないし!!?」
「ケイ、とりあえず爆弾を切ってくれ」
その言葉でようやく思い至った私は、爆弾のタイマーを解除する。
「これで、いいですか?」
「ああ」
「・・・だ、大丈夫?爆発しない?」
「うむ」
「・・・は、はぁ~・・・よかった~死ぬかと思った~・・・」
と、地面にへたり込む上半身裸の少年。なぜこの少年は上半身裸なのだろう?浮浪者が少ない国と聞いていたが、そうでもないのか?
「どう~?そっちは終わった~?」
「?」
私の背後に向けて声を発する少年。後ろには、私たちを襲った襲撃者が居たはずだ。やはり、この少年は奴の仲間なのか?いや、それは社長が今否定した所だ。なら、この言葉は少年の、少なくとも私たちの敵ではない者に向けられた言葉だ。
「終わったわよ~」
と、言いつつ現れたのは少女だった。このような状況でなかったらどこにでもいるような少女だ。白い学生服に身を包み、日本人らしくつやのある黒髪をポニーテールにしている。しかし、この状況とその少女自身が両腕に持つものがこの少女が普通ではないことを否応なく主張していた。右腕に日本刀を持ち、左腕に何か大きなモノを引きずっている。しかもよく見ると、そのモノは先ほどまで私たちを追っていた、あの襲撃者であった。
「えっと、大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
マニュアルに載っているような質問に私は安堵する。少なくともある程度の常識を兼ね備えた人間であることが窺えたからだ。
「ああ、問題ない。私たちに目立った怪我はないが、私たちを案内していた小林と言う青年が大けがを負ったか、死んでしまったようだ」
少女の問いに社長が簡潔に答える。あの血の量から見るに、恐らく死んでいるであろうが、自分の目で見ていないので断定はしない言い方だ。少女は社長の言葉にあくまで事務的な受け答えをする。が、その端々に悲しさや、悔しさといった感情が見て取れる。
「はい・・・私たちも、小林さんの反応が消えてしまったので、こちらに向かったんです」
「ということは、彼は・・・」
「・・・はい」
やはり、死んでいたか。言葉で言い表せば十二文字にも満たない言葉だが、その言葉は私に重くのしかかる。彼の死の原因は私にある訳ではないが、その死を看取ったものとして、それを伝える義務と責任が発生する。そして、短い時間とは言え彼には優しくしてもらったのだ。そう考えた私は、彼との約束を果たそうと決意した。
さぁみなさんご一緒に!!
小林いいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!!