第59話『譲れない思い』
ロイヤルミルクティー。どこがミルクティーと違うのかと言わせて貰いたい。そこは、自分の拘りだ。似合わないと言われても、好きなものは好きなのだから仕方がない。まず、ミルクティーの起源は、イギリスではなく、モンゴル人やチベット人だとされている。ミルクティーは水やお湯で煮だした紅茶にミルク、つまり牛乳を入れるものだ。転じて、ロイヤルミルクティーは茶葉を牛乳で煮だしたものだ。牛乳で直接煮出すと、牛乳に含まれるタンパク質が茶葉を覆い十分な抽出が出来ないので、濃く入れた紅茶に温めた牛乳をたっぷりと注ぐ、といった作り方も存在するが、自分はそれを認めない。喫茶店などでは、コクを出すためにソコに生クリームなどを入れたりもする。ちなみに、ロイヤルミルクティーと言うのは和製英語であり、紅茶本国であるイギリスには存在しない。
「・・・これは」
「どうだ?君の好物だろう?」
「む、君はミルクティーが好きだったのか?」
「その一は黙っていてください」
ミルクティーとロイヤルミルクティーの差が分からない者には、自分の大切な、それこそ命よりも大切、と言っても過言ではない時間を邪魔される訳にはいかない。
「す、すまない・・・その一・・・?」
ティープレートを左手で持ち上げ、ティーカップを右手でつまむ。少し、ティーカップを浮かす。少し息を吐き、鼻で吸い込む。その瞬間、鼻腔の奥で牛乳によって深みの増した紅茶の芳醇な香りが広がる。その香りに、まるで自分が果樹園に居るような錯覚を覚える。その為に自然と口が綻ぶのも無理もない事だろう。
「これは・・・ウバですか・・・」
「うむ」
「ウバ?ウバってなんだ?かず君」
「いい加減にしてください、黙らないとその口を縫い合わせますよ?」
「怖っ!!怖いよかず君!!目が本気だ・・・」
「その一」
「あ、はい。すまない、黙っている」
後に『最強』さんは、これが初めて恐怖を味わった経験だと語っている。
が、そんなことは知らない自分は、ティーカップを口元まで運び、ティーカップに口を付ける。一口、その液体を口に含む。牛乳によって、お茶特有の渋みや苦みと言った、人によっては嫌いな理由のそれが打ち消されている。そこに残るは、その茶葉より抽出された旨み成分と香り、牛乳の甘みとコクである。それらがうまく絡み合い、絶妙なハーモニーを奏でる。自分の少ない語彙では、この感動をこれ以上言い表すことが出来ないことが本当に残念で仕方がない。
「・・・どうだ?」
その、その二の声で一気に現実に引き戻される。
「・・・とても、美味しいです」
「・・・本当か?」
「本当ですよ。ロイヤルミルクティーについてだけは自分は嘘はつきませんから」
「・・・ぃよしっ!」
小さくガッツポーズをするその二。それにしても何故だろう?ロイヤルミルクティーが自分の好物だと知っていたということは、自分がそれについては尋常じゃない程の拘りを持っている事を知っていただろうに。
「なぜこんな、自分に喧嘩を売るような真似をしたんですか?」
ニヤニヤしながら、自分で入れたロイヤルミルクティーを飲むその二に尋ねる。
「あ、いや、それは・・・」
自分の言葉に、ニヤニヤしていた顔を消し言いよどむその二。
「何か、答え辛い事なんですか?」
「あぁ・・・な?分かるだろ?そういうことだよ」
分んねぇよ。自分は人の心の誘導や予測は出来ても、流石に読みは出来ない。それに相手は『最強』だ。誘導も予測も不可能だし、そもそも文字通り『住む世界の違う』人間だ。その二とは、さっき初めて会ったのだ。初めて会った人間を知ることなど人間には不可能に等しい。
「分かりません。全く、微塵も。だから言ってくれないと困ります。ってか言え。言うんだ。言って下さい、お願いします」
「うおっ、グイグイくる!!なんか怖いぞ!!分かったから、言うから!!落ち着け!!」
「そうだぞかず君、落ち着くんだ。ほら、ミルクティーでも飲んで」
「ロ・イ・ヤ・ルだ!!間違えるな!!今度間違ったら自分の最終奥義『化面』で削り殺すぞ!!」
「え・・・ええぇぇぇぇ~~~・・・何故、さっきから私はこんな扱いなんだ・・・奥義をそんなことに使うなよ・・・」
「だらっっしゃああああぁぁぁぁぁ!!」
ロイヤルミルクティー・・・それだけは譲れない、何があっても、絶対にだ。
とは言え、自分の力では流石に、『最強』二人に抗うことなど敵う訳もなく、矛を収めることにした。
「・・・はぁ、はぁ・・・意外と強かったんだな・・・かず君」
「分かりましたか?その一、ロイヤルですよ、ロイヤル」
「あぁ・・・身に染みて分かったよ」
「はははっ。いやぁ凄かったねえ、まさか『仮面』の元の持ち主本人に成り変わるとは思わなかったよ」
失敗した。本当に止めときゃよかった。自分の切り札をこんな所で使ってしまうなんて、恐るべし、ロイヤルミルクティー。
「意識が結構持って行かれるので使い辛いんですけどね」
「なんだ。道理で動きがぎこちなかったのか」
制御しきれない技など、技ですらない。そういうことだ。この技は極限まで本人に近づくため、意識の制御が非常に難しい。と言うか、意識を持って行かれそうになるし、実際、危なかった。本来使ってはいけない段階の技だが、使ってみて改めてその危険性を理解した。使ったのは、確かにその一のロイヤルミルクティーに対する愛の無さに腹が立ったのもあるが、『最強』がせっかく二人居て、しかも周りに人が居ないという、危険な技の練習には持って来いの状況だったからだ。
「ま、自分もまだまだだっていうことですよ」
「いやいや、結構いい線行ってたぞ?」
「本当ですか?」
「あぁ、保証する」
「・・・っと、忘れてました。その理由をまだ聞いてません」
「・・・ちっ」
「舌打ちした!?そんなに嫌なんですか!?」
「いや、言うよ。言えばいいんだろ?ならば聞くがいい!!私の恥ずかしい過去を!!」
そう言って、その二が語り始めた内容は、自分には信じられないことだった。
いらない所で全力を出す。それが、ヒフミクオリティー。
ミルクティーとは?ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC より引用。