第56話『何事も落ち着きが肝心』
さて、こないだ『最強』さんが言っていた、『勇者の旅立ちの日』を明日に迎えた。どうやら今日は何かと忙しいらしく、おそらくパーティーとか何かだろうが、姫様も落ち着かない様子だ。というか、ものすごく嫌そうにしている。
「・・・はぁ~」
「どうされました?」
「今日は、『勇者』の<祝福の儀>があるでしょ?それが気がかりなのよ」
「そうですか」
「・・・はぁ~」
それがどうしたというのだろうか?姫様自身が<祝福の儀>を受けるわけでもないだろうに。まぁ、姫様だけあってそこそこ忙しくはなるだろうけども。
「ねぇ」
「なんですか?」
「前に聞いたことがあったっけ?あなたは『勇者』じゃないかって」
「そんなことは初めて聞きましたけど。それはないでしょう。私が『勇者』になれるなら姫様だって『勇者』になれますよ」
「・・・もしかして、『私たち』の話聞いてた?」
「は?」
「・・・その顔は本当に何も知らない顔ね。いえ、何でもないわ。『勇者』じゃないのね」
「はい」
「じゃあ、それでいいわ」
うん、その話は聞いてたんだけどね。ここの警備って、魔法とか人には強いんだけど、物理的なもの、盗聴器とかそういうものには穴だらけだ。まぁ、魔法が幅を利かせている世界だから当然の事ともいえる。この城に限って言えば、自分の情報所持量は『田中』君を上回るだろう。
自分が『勇者』かどうか。それはない、とはっきり言える自信がある。自分は『勇者』というには余りにも卑怯だし、弱いし、いい人間でもないし、いい加減な人間だ。ついでに言うと、どっちかというと『闇』に属する人間だ。向こうでは、知る人には『厄病神代行』とまで言われている訳だし。『勇者』に該当する点があるか?と問われれば、ある時もある、と答えるだろう。そこは『仮面』にもいろいろあって、まさしく『勇者』のような人間の『仮面』もあるからだ。だけど、そんなことは誰にだってある事だ。まぁ、『勇者』になぞ成りたくないというのが本音だ。
「と、<祝福の儀>はいつから執り行われるんですか?」
「そういえば、聞いてなかったわ・・・。いつからかしら?」
おいおい、そんなんでいいのかよ。仮にも姫様だろ?
「今までは、召使が全部把握してたのに。あなたじゃ、ねぇ」
「・・・・・・」
・・・もしかして・・・いや!!もしかしなくとも自分のせいか!?これ、ヤバいんじゃないのか!?・・・と、若干。若干、焦っていると。遠くから、
「ひーめーさーまー!!」
と、お呼びがかかる。って、ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
「姫様!!」
「分かったわ!!ドレス!!」
「はい!!」
「手伝って!!」
「はい!!息すって~」
「すぅ~」
「吐いて~」
「ふぅ~」
「いよっ!!」
「ふぅっ!!」
キュッ!!とコルセットを締めていると、バタンと扉が勢いよく開く。
「姫様!!準備の方は!!」
「すぐ!!」
「もうちょっと待って下さい!!くるっと回って!!」
「はい!!」
「はい!終わりました!!」
「行けますか!?」
「行けるわ!!」
「行けます!!」
「こちらです!!城の前に馬車を回しています!!」
なんとか準備を済ませ、馬車へ走る。
「っていうか何で、あなた一応私の召使いなのに私の予定把握していないのよ!!」
「だって昨日まで、忙しかったじゃないですか!!主に幽霊騒ぎで!!」
「それもそうだけど、それ位把握してなさいよ!!」
「そこはホントすいません!!実は幽霊と聞いてワクワクしてたんです!!」
「あんたは遠足前日の小学生か!!」
「すいません!!」
本当に、済まないと思っている。某バウアー風に。なんて、実は反省などしていない。というか、把握はしていた。ただ、姫様の反応が見たかったからである。断じて、自分はエスではない。ただの面白いもの見たさである。それが、自分が性格が悪いといわれる所以でもあるが、直す気はない。『最強』さんに一昨日知らされた『旅立ち』宣言の八つ当たりも兼ねていたりもする。うん、自分で言うのもなんだが『嫌な奴』だ。どうよこんな『勇者』、嫌だろう?