第閑話『8.かつての偉雄』
驚くべきことに、あの民家の中は普通の民家だったのだ。いや、私自身何を言っているんだとも思うが、傘立てに仕込み刀があったり、こんな状況でもなければそんなセリフは出てこないだろう。
「では、これから地下に向かいます」
「地下ですか?日本の家屋にしては珍しいですね」
「あ、いえ。そういうわけじゃ・・・見たほうが早いですね」
「?」
そう言うと廊下の壁にあるボタンを押すヒデオ。すると、チンというまるでエレベーターが到着した時の・・・前言を撤回しよう。この家は普通の民家ではなかった。巨大なエレベーターが到着しているのだから。
一体どこにこんなスペースがあったのだと言いたくなるのは飲み込むことにする。それを言っていたらキリが無いことに気がついたからだ。私たち五人(+死体袋一つ)を載せたエレベーターは、ゴウンゴウンと音を立てることなく下に降りていく。感覚にして三分ぐらいだろうか、暫くするとチンと到着を告げる音が鳴った。
「ようこそ、地球防衛軍・・・と言いたいところだけど、まだそこまでの規模じゃないから五百旗頭防衛軍基地へ」
「な・・・」
「ほぅ・・・」
絶句。まさにその言葉が正しいだろう。
そこに広がるのは、言葉で表すならそう、『ぼくのかんがえたさいきょうのひみつきち』だ。パッと見わたすだけでも、アンドロイド製造ライン、巨大ロボットのハンガー、空を飛び交うポッド。それだけではない、絶対にここにあってはならないものさえある。空飛ぶ絨毯、ノシノシと荷を引く巨大なトカゲ、果ては羽の生えた小さな女の子が大量の書類を浮かせて運んでいる。
「社長・・・私の目がおかしいんでしょうか?」
「心配か?なら私の指は何本に見える?」
と言って私の前に人差し指を突き出す。ここで一本と答えてしまったら、これが現実だと認めなければならなくなってしまう。
「五本です」
「そうか・・・残念だが君は重度の乱視のようだ」
「えぇ!?これってそう言う流れですっけ!?」
「その元気があるなら大丈夫だな」
しまった、ついツッコんでしまった。あまりの混乱にらしくない事をしてしまった。
「・・・して社長。あれはなんですか?」
「絨毯だな」
「あれは?」
「ドラゴンだな」
「あの小さい女の子は?」
「妖精だな」
「oh,my goddess!!」
そんなまさか!!実在していただなんて!!あんなものが!!ドンキホーテも真っ青だ。隣でモモカとケンが「おー、本場のオーマイゴッド」「ゴッデスって言ってなかった?」「ホントだ。やっぱ違うんだね日本とは」「そうね」と言っているがそんなことは気にならない。いや、気にしてはならない。私の為にも。
「・・・コホン。社長、ヒデオ、これは、一体どういう?」
「どういうっても何もそういう事なんですがねぇ。はは・・・」
「そういう事なんだろう」
「あれは本物?紛れもない?」
「そういうことになりますね。まぁ初めてなら驚きますよね。うん」
うんうんと頷くヒデオ。いや、私は驚くとかの次元を超えているのだけれど。そう言えばヒデオは、前に私と会ったとき少し驚きこそすれ、すぐに対応していた。その時血まみれだった私を前にして、だ。それだけならまだしも、武器を向ける私を前にして電話の対応を冷静にこなしてさえいた。もしかしたらヒデオは恐れや不安といった感情が欠如しているのかもしれない。それにしても、いささか不用心が過ぎるようにも思えるが。
「怖く、ないんですか?」
「その質問は二回目だね。・・・怖いよ。でもそれは大きな爪とか牙とかが怖いだけで、彼自身に対しては思わないけどね。前に君に対しても言ったよね」
「そう・・・ですか」
確かに言っていた。そしてその言葉に、彼の『人とは違う何か』を見出し興味を持ったんだったか。そして、彼と会話をするようになった。
「僕は信じてる。人を・・・彼は人じゃないけど、人を信じているんだ。言葉の通じうる限り、どうとでもなると」
そして、牙を抜かれた。彼は武力を使うことなく、私を無力化したのだ。その後、社長を殺す任務を与えられた私はあっけなく社長に倒されたのだった。そこで社長がこういったのだ。
「牙を失ったのならナイフを持てばいい。君は手のある人間なのだからな」
と。その言葉にどういう意図があるのかは分からないが、社長はどうやら私を牙を持つ野獣ではなく、ナイフを持つ人間として手元に置きたかったらしい。人間は裏切るかもしれないというのに。
「昔話はさておいて、作戦本部に行こうか」
そう言って歩き出したヒデオの背はかつての偉雄のようだった。
別にヒデオさんはヒーローじゃないです。ここ重要。