授業開始。
トールは初めて学校と呼ばれる場所に通う事になった訳だが、想像以上に面倒なことが多いことがわかった。
先ず、トールは二学年からの編入でまだ学科が決まっていなかった。
学部は一般学部に決めていたのだが、選択の学科の方はまだどれにするか決めあぐねていたのだった。
それと言うのも教師陣がトールを獲得する為に醜い勧誘合戦を始め、最終的には十名以上の教師達の話し合いの末にトールは一週間ほど色々な学科の授業を見学し、その中で「これだ!」と思った学科を選択することになったわけだ。
正直トールとしては「俺に選択権は?」と言いたかったが、目の前のエキサイトした教師達には何を言っても無駄だと分かると、トールは流れに身を任せる事にした。
トールがこれから一年間は世話になるクラスでは、担任教師がトールの紹介を始めていた。
そして教師の口からトールの紹介が終わり、最後にクラスの面々に軽く挨拶をする事となった。
「トール=グラノアです。辺境の町から出てきた田舎者ですがどうかよろしくお願いします」
トールが一歩前に進み、軽く頭を下げてからゆっくり顔を上げると、こちらを凝視してくるクラスメートの視線が突き刺さった。
若干狼狽えるトール。
(何だこの空気? 明らかに警戒されてるけど)
トールが戸惑う中で、担任教師は「空いてる席に着け」と指示を出した。
しかし皆が自分を凝視して来る空気の中、誰かの席の隣に座るほどトールは肝が据わってはいなかった。
結局、トールは人の密集していない窓際の後ろの席へと向かう事にした。
(俺何かしたか?)
頭に疑問を浮かべながら、背を縮こませながら教室の中を歩いていると――
「おーい、そこの新顔!」
突然窓際のほうからトールに向かい、一人の男子生徒が声をかけてきた。
声のした窓際の席を見ると、浅黒い肌の男子生徒が手を振って「こっち、こっち!」とトールを呼んでいた。
トールは見ず知らずの人間に声をかけられた事に少々戸惑いながらも、興味を惹かれて少し早足で彼の元に足を運んだ。
「おう、来たな。とりあえずここに座れよ」
そういって浅黒の男子学生は自分の隣の席をバシバシ叩いた。
彼のいわれるがままに、トールは隣に座る。
「まずは自己紹介だ。俺の名前はディース=ダリオン。呼ぶときはディースでいい。これから一年は一緒のクラスな訳だからよろしくな!」
そういってディースと名乗った男子学生は右手をこちらに差し出してトールに握手を求めてくきた。
トールはやけにノリの良いディースに「よ、よろしく」と言いつつ同じように右手を差し出した。
ディースは二カッと笑いながら、トールの右手を強く握った。
「ん?」
「ん?」
トールとディースは互いに相手の手のひらに違和感を感じた。
まず先にトールはディースの手に大きな胼胝があることに気がついた。
トールその胼胝の位置にもしやと思い、「武術学部の人?」と聞いてみた。
対してディースはトールの手をしばらくじっと凝視していたが、トールの声にハッと驚いて顔を上げた。
「お、おう、そうだ。お前の言うとおり武術学部だ」
「やっぱり! すごい胼胝ができてるからそうだと思ったんだ。武器は何を?」
「弓矢だ。今年からは弓術学科に通うことになったから最近その練習のしすぎで胼胝ができちまった」
「へ~、すごいな」
「いやいや。お前の胼胝もすごいぞ」
「ん?」
「俺も今まで結構すごい胼胝を見てきた事があるが、正直お前のを触った後だと大したことないと思っちまった」
「大げさだな」
「大げさじゃねぇよ。どんなことしたらそんな手になるんだ?」
「ガキの頃から金槌振ってたら、いつの間にかこんな手になった」
「金槌?」
「あぁ」
そういって頭に疑問符をつけたディースにトールは照れくさそうにしながらこう言った。
「俺は『鍛冶師』なんだ」
その後、トールとディースはそのまますっかり打ち解け、HRの時間が終わるまでたわいもない雑談を続けた。
授業の一限目が始まる。
学院での授業は自分の受けたい授業を選択するためにクラスの全員が同じ授業になることはない。
それでもクラスがあるのは学生達に共同生活と仲間意識を強く持ってもらいたいという学院側の意思だ。
しかし、トールはまだ自分の受けたい授業がほとんど決まってはいない。
進級に絶対必要な必修の課目だけは受けられるように担任に受講申請を提出したが、それ以外の授業はどんな授業なのかすら科目名を見ても、トールにはわからなかった為にまだ他の授業の申請をしていない。
さらにトールはまだ学科すら決まっていない為、その事についてトールはとても焦りを感じていた。
そんな彼を助けてくれたのが、ディースとその友人の「二人の少女」だった。
一限が始まった時から席を立とうとしない彼を見て、「どうかしたのか?」とディースが聞くと、トールが「まだ受講申請をしてない」と言ってディースを驚かせた。
それを聞いたディースが二人の少女を呼び、彼女たちのどちらかの授業について行けと助け舟を出した。
なぜディースではなくこの二人なのかとトールが聞くと、赤髪の少女のほうが「こいつは去年落とした授業の再履修だからだ」と親切に答えてくれた。
ディースは赤髪の少女の言葉に若干傷つきながらも「……まぁ、そういうことだから」と手を振り、何処か別の教室へと向かって行った。
「あー、トールです。とりあえずよろしく」
「サリアだ。よろしくな」
「ニアです。こちらこそよろしくね」
残されたトールはお世話になる赤い髪の少女と黒髪の少女に向かい会うと、互いに軽く自己紹介をした。
その後、二人の内のどちらの授業に参加するかトールが少々迷っているとサリアと名乗った赤い髪の少女のほうがトールの腕を取って「ついて来い」と、トールをどこかに連れて行った。
――トールが連れて行かれたのは大きな建物の室内だった。そこではトールと同い年ぐらいの生徒達百人ほどが剣や槍を持って動いていた。
「何これ? 何の授業?」
「剣術学科と槍術学科の合同授業だ」
「えっと、ごめん。帰ります」
「待て」
逃げようとしたら、サリアにすごい力で肩を掴まれたトール。
トールは肩からの痛みに耐えながら、必死に説得を試みた。
「いや、無理だからね。俺、武術とか初心者だから絶対怪我する」
「面白い冗談だな。昨日は私を殺しかけたくせに」
目が座って表情を全く動かさずに「ははっ」と乾いた笑い声を上げるサリア。
はっきり言ってすごく怖かった。
なにやら彼女は怒っているようだが、トールには心当たりがない。
「な、なんでそんなに怒ってんの?」
「あぁ?」
そして、トールの不用意な言葉がサリアをさらに怒らせてしまったようだ。
彼女はどこからか防具と木刀を持ってきて、トールに投げた。
「さ、サリアさん? なんだか怒っているようですが、俺には身に覚えがなくてですね、多分俺達の間には何か誤解が」
トールはとにかく彼女を宥めようと、必死の説得を試みるが彼女は聞いてはくれない。
彼女はものすごい目でトールを睨みつけると――
「……問答」
いつの間にか木刀を構え、
「無用っ!!」
トールに一直線に向かっていった。
――その日の合同授業中は、トールは涙目になりながらもずっと彼女の剣を必死に受け続けた。
ちなみに教師はトール達のことを無視した。
サリアの形相を見て、痴情のもつれとでも思ったのかもしれない。
もしくは、面倒ごとだと思って無視したのか。
――まぁとにかく、トールは授業の最後までボロボロになるまでサリアにしごかれた。
最後にサリアがトールに向かって「借りは返した」と言っていたが、トールには何のことかさっぱりわからず授業の終了の鐘と一緒に倒れた。
ただ二限目の授業はサリアが「サボってはいけない」と言い、トールの事を足を掴んで引きずっていき、ニアとディースにまるで絞めた鶏でも渡すようにして足を持って引渡し、自分は次の授業に足取り軽く向かっていった。
とりらえず授業開始。
鍛冶はまだ少し先です。
早く書きたいと思っていてもなかなか書けないでいます。
申し訳ありません。