傷
「どういうつもりだ!!」
「…………」
トールが学院外での奉仕活動処分を言い渡された次の日――学院長の元にトールの叔母であるニケとその夫であるブレッドが訪れていた。
彼らは学院長から「トールに関して話したい事がある」と聞かされ、こうして二人でやって来たのであった。
しかし学院長の口から先日のトールに対する処分について聞かされると、当然ながらブレッドは怒りを顕にした。
「あの子をむやみに刺激するような事をするなんて……!! しかも私達に何の連絡も無しにこんな!!」
「あなた落ち着いて」
激昂する夫を宥めるニケ。ただ彼女自身、学院長に言いたいことがあるのだろう。ニケの学院長を見る目は厳しかった。
「………」
学院長は目を閉じ、眉間に皺を刻んだ。
「――すまない、手を誤った」
そして深いため息を吐きながら学院長は後悔の言葉を口にした。
らしくない学院長の態度に二人が目を丸くする中――学院長は先日の出来事について語った。
「中立的な立場というのを忘れていた。知らず知らずの内に私は君たちの事を庇ってしまっていた。今回の騒動は全て私の責任だ。……本当にすまなかった」
「っ……」
そう言って頭を下げる学院長に対し、ブレッドは何かを言いかけた。
「――――」
しかしブレッドはそれを言葉にすることなく、彼は大きく息を吐くと――自身の怒りを完全に抑え込んだ。
「……いや、私の方こそ怒鳴ってすまない」
ブレッドは椅子にどっしりと腰を下ろし、彼は深いため息を吐いた。
「……そもそも私に君を責める資格なんてなかったんだ」
疲れた様子のブレッドはそう言って顔を手で覆った。彼が頭の中にあるのは過去の自分の過ちであった。
学院長はブレッドの様子からそれを察する。
「まさか、例のあの事を言っているのか?」
学院長の言葉にぐっと顔を歪ませるブレッド。そして僅かに遅れて首を縦に振った。
「……私は十年前にあの子を見捨てた。あの戦争の混乱を見て、妻に余計な希望を持たせない為に早々に捜索を打ち切り、子供はもう死んでいると思い込ませた。私自身も絶望と恐怖から目を背け、あの子の死体を確認する事を拒んだ」
言葉を吐く事に後悔がブレッドの胸を突き刺した。
「あの子にも、死んだあの子の両親にもまともに顔向け出来ない。そんな私が保護者気取りで何を口走って言ったのか……」
自責の念に駆られるブレッドの背中を、妻であるニケの手が触れた。
「貴方一人の責任ではありません。あの時の私もまともな考えではなかった。特に姉とスルトさんの訃報を知ってからは二人の子供の事ばかりが頭をよぎって……」
今更後悔しても遅いのはわかっている。しかし二人は両親を失った当時のトールの事を考えてしまうとそう思わずにはいられないのだ。
過去の自分に対する後悔や嫌悪感、それに罪悪感。
二人の胸に渦巻くのはそんな重苦しい感情の数々であった。
「…………」
学院長は沈黙する二人からその心情を察しつつ、同時に危うさも感じていた。
実は彼がトールに焦って説得を試みたのもここに不安があったからだ。
――二人は自覚していないのかも知れないが、二人はトールに裁かれるのを望んでいる。
おそらく二人は言葉が欲しいのだ。
自分たちの罪を丸裸に晒し、過去の傷を抉り、骨を削るような厳しい言葉が欲しいのだ。
そうやって二人はトールに傷つけてもらいたいのだ。
トールがこれまで感じた苦痛かそれ以上の苦しみを、トール本人から直接受けたいのだ。
とても健全とは言えない感情だが、二人はそれを望んでいる。
「…………」
学院長は二人を見ながら先日トールが自分に掴みかかって来た時の事を思い出した。
あの時のトールの目には恨みや復讐を願う者の目ではなかった。
「………」
おそらくだが、トールがこの二人に危害を加える事はないだろう。
――むしろ傷つくのはトールの方だ。
彼としては亡くなった自分の両親の話は他人からは一番触れて欲しくない話だろう。
それを今更蒸し返し、『お前を不幸にした責任の一部は自分たちにある』と話せば、間違いなく両者の関係はこれまで以上にこじれる。
最悪、トールはニ度と二人に会おうとしなくなるかも知れない。
「…………」
それは両者にとってあまりよろしくない。
――ならば、どうすればよいか?
学院長は深く頭を悩ませた後――室内の重い空気を背負いながら二人に尋ねた。
「君達はこれから先、トール君とどんな関係を望んでいる?」