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押し付け

長い時間がかかり申し訳ありません。最近どうしても書きたい言葉が出てこなくてこんなに時間がかかりました。

でも、書き続けてはいくつもりです。

ここ一週間、トールは自分の研究室で例の鎖──グレイプニールの性能実験を続けていた。

 

 何度も何度も試行を重ね、自分の理想とする物へと形を整えていく。

 

 この作業がトールはたまらなく好きだった。


 誰にも邪魔をされない。自分だけの時間だった。


 だが──


「……いつになったら、君はもう一度あの二人に会いに行くんだい?」


 集中して作業を続けるトールに話しかけてきた人間がいた。

 

「そうやって自分の得意な場所に逃げ込んだつもりかい? 」


 ──学院長だ。彼はトールが作業を続けている間もずっと部屋の中にいた。


「だが、残念。ここは僕の城だ。持ち主である僕が命令すれば、君は出て行かなくてはならない」


 彼は鋭い眼差しでトールに話しかけ続ける。


「…………」


 トールはそれを無視し、手に持っていたグレイプニールを鉢に植えた花に触れさせた。


 ──不思議な事に、それだけで花は触れた所から徐々にしおれていった。


「それが嫌なら僕と一緒にもう一度あの二人の所へ──」


 学院長の言葉は続く。


「…………」


 しかし、トールはそれをまともに聞いてはいない。


 彼ははしおれた花を一度下げ、紙に何かを書いていた。


「………… 」


 こちらを見もせず、黙々と作業を続けるトールに学院長は重いため息を吐いた。


 このままでは埓があかない、と学院長は最後の手段に出た。


「……君は知っているかい? あのふたりは教会や孤児院に対してかなりの多くの寄付をしているのを……」


 あの二人、とはニケとその夫であるブレッドの事だ。

 

「寄付だけじゃない。孤児たちの元へ何度も会いに行き、里親を探すのを手伝ったりもしている。貴族は普通ここまではしないものだ」


 学院長はそこまで話したあと、トールの方をもう一度見た。


「…………」


 先ほどまで、紙に文字を書いていたトールの手が今は止まっていた。


 学院長はその姿を確認し、次の言葉に自分のありったけの思いを込めた。


「いいかい、トール君。あの二人はずっと今まで君の事を──」



 学院長がそこまで言った瞬間──


 トールは机の上に置いていた物を――


「──黙れ」


 全て、薙ぎ払った。


 


 




 バラバラと、机の上から物が落ちていく。


 土やインク、割れた鉢の破片。

 

 それが一瞬で床に散乱した。


 だがそんな事はどうでもよかった。もっと重大な事が目の前にはあった。

 

「……出て行け」


 学院長は自分を睨む青年の声に耳をかたむけた。


 それは腹の底に響く、とても重たい声だった。


 ──入ってはいけない領域に入ってしまった者に対する警告。無視すれば相手が誰であろうと彼は容赦はしないだろう。


「トール君……」


 しかしそれでも学院長は部屋から出ていこうとはしなかった。


「あの二人はずっと君の事を──」


 その理由はトールに先ほどの言葉の続きを言わなければならないと思っていたからだ。

 

 ──ニケとブレッドは常に君に事を想っていた、と。


 僅かだが孤児として育っている可能性のあった君を探すため、多くの施設に寄付を続けて何度も子供たちに会いに行っていのだ、と。


 素晴らしき二人だと思う。心優しき人だと。


 だからこそ、その想いは伝わらなければならない、と思うのだ。


 そうでなければ……あまりにも悲しいと。


 ……しかし、それはトールに不公平な事だった。


 学院長はトールよりも、関係の深い二人に同情的になっている。

 

 トールの気持ちよりも、二人の想いを優先して考えている。

 

 ──それは実に不公平だ。


 悲しいのは両方共同じはずだ。


 肉親を失った悲しみは両方とも同じだったはずだ。


 その大きさも、深さも、両者の感じ方に違いはあろうが、悲しいのは同じはずだ。


 なのに──学院長は目の前のいる人間トールではなく、別の人間(二人)の事を思って行動している。


 ……これは、とても不公平だ。とても、とても、不公平だ。


 学院長はこれを意識していないのかもしれない。彼は友の助けをしたい一心だったのかもしれない。


 それとも熱くなった感情で思考が鈍っていたのかもしれない。


 しかし、彼の行動はトールからして見れば、感情の押し付け以外の何物でもない。


 学院長はトールに二人の想いを受け止めろと言っているのだ。

 

 長年辛い努力を続けてきた二人にお前が報いてやれ、と。


 お前が二人を幸せな気持ちにしてやれ、と。


 ……そう、言っているのだ。



 トールにとってこれほど不愉快な話はない。


 赤の他人が、しゃしゃり出て我が物顔で説教。


 責任という荷物を持ってきて、それをお前が全部背負えと言う。


 そして、まるでそれがお前の元々からの荷物だったかのような口ぶりで話すのだ。



 ……学院長はもっと慎重になるべきだった。焦るべきではなかった。


 時間を使い、両者の中をゆっくりと近づけていくべきだったのだ。


 なによりも、トールの警告に従うべきだった。


 心の中にある誰かに触れて欲しくない部分に触れられたトールは──学院長を突き飛ばした。


 座っていた椅子から立ち上がり、それ以上何も言わせるものかと机を蹴り飛ばして学園長の傍まで行くと──トールは学院長の胸ぐらを掴んだ。


「────」


 トールは声を荒げない。表情も変えない。


 ――ただ、行動だけを起こす。


 扉をぶち壊す勢いで蹴り開け、まるで投げ捨てるように学院長を部屋の外へと投げた。


 学院長は抵抗らしい抵抗はしなかった。


 いや、トールの剛力になすすべがなかったと言ったほうがよかったかもしれない。


 しかし学院長に焦った様子はなかった。


 まるでこうなる事を覚悟していたかのように彼はトールの暴挙に何も言わなかった。……無言でただ彼を見つめるだけだった。


 だが、先ほどから部屋の中で騒がしくしていたせいだろう。


 トールの研究室の前に、騒ぎを聞きつけた生徒と教師がすぐに現れた。


 ──廊下の壁に投げつけられた学院の最高責任者と、その前に立ち尽くす男子生徒。


 何が起こったのか、誰が見ても明らかな光景だった。



 ……数分後、生徒は教師に拘束された。


 そして数時間後、生徒には数日の謹慎と一ヶ月の奉仕活動が命じられた。

 

 あまりに軽い罰に眉を顰めた教師もいたが、争いの原因は自分にあると学院の最高権力者が言うため、話はこれだけで済んだ。


 肝心の奉仕活動だが、内容は放課後に指定の『孤児院』に向かい、そこの手伝いをしろという事だった。


 件の生徒は数日の謹慎後、孤児院へと向かう。



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