能力
お待たせしました。
トールが自分の母の妹と名乗る、「ニケ」という女性と出会ってから数日が過ぎた。
その数日の間にトールはニケからはもう一度会いたいという手紙をもらったが、トールは返事を返さなかった。
理由はニケともう一度会うのを恐れたからだ。
会えば当然会話の内容は今は亡き両親の話となる。
それはとても嬉しいことだろう。誰にも聞けなかった両親の話を聞ける事は幸運だ。
だが、同時にとても悲しい。
既にいない人間の話を話し、相手に話を合わせるのは思っているよりも辛い。
幸せだった頃の事を嫌でも思い出してしまう。
だから、返事を返さなかった。
この事で臆病者だと思われても構わない。
しかし、本当に辛いのだ。
辛くて、辛くて、堪らないのだ。
普段の何気ない時間の隙間、友人たちとの会話の合間で考えてしまう。
頭の中を何度も思い出が過ぎり、愛しい人たちの声が聞こえる。
それがどれだけ胸を締め付けるか、どれだけ心を疲れさせるか、トールはそれを嫌というほど思い知った。
だから、ニケからの手紙は返さなかった。
……数週間後、手紙を返さなった事、ニケと会わなかった事。
トールは全て後悔する。
他の人間から見れば他に多くの選択肢があったかもしれない。
だがその時のトールには選択肢は一つしかなかった。
たった一つの選択しかなかった。
それはトールにとってどうしても守らなければならないものであり、譲る事の出来ないものだった。
──失う事へ恐怖。
──奪い去ろうとする者達に対する怒り。
その全てに我慢が出来なかった。納得出来なかった。
受け入れることが出来なかった。
──結果、代償に多くのものを失った。
トールがニケと出会ってから一週間が過ぎた。
その間、トールは学院にある自分の研究室でずっと例の鎖の研究を続けていた。
既に物は完成しており、現在はその性能を試している所だ。
といっても、試しているのは鎖の強度や耐久度などではない。
試しているのは、「能力」だ。
トールが製作した鎖は『グレイプニール』と呼ばれる物だ。
――グレイプニールとは大昔にドワーフ達がとある魔獣を捕まえる為に作った幻の武器であり、トールが作ったのはその模造品とも言うべきものだった。
その為、その形状や強度は製作者によって様々となる。
だが、トールが今回作ったこのグレイプニールはただの鎖ではない。
グレイプニール(貪り喰らう者)という名の通り、この鎖は人のいのちを喰う。
もっと詳しく説明すると、人が持つ魔力と呼ばれるエネルギーをこの鎖は人から吸い取る。
この鎖の構造を説明すると、以下のようになる。
まずこの鎖の材料には人のマナに反応し、同調する金属である『ミスリル』が使われいる。
これによりこの鎖に巻き付かれた人間のマナは強制的に「繋がった」状態となる。
そして繋がった時にこの鎖に刻まれた『聖字』の力が発動する。
――強奪。
それがこの鎖に刻まれた聖字の力。
この鎖は他者の体にあるマナを根こそぎ奪ってゆく。
補足として説明するが、この時鎖の使用者が相手にマナを奪われる事はない。この鎖はいわば注射器のような物であり、一方向からしかマナを吸い取れないからだ。
鎖の先端からしかマナを奪うことが出来ず、鎖の使用者は先端を持っていなければマナを奪われる心配はない。
そしてこの鎖は他者からマナを奪うと、鎖全体に刻んだ別の聖字を通り、他者から奪ったマナを鎖の使用者の元へ届ける。
人からマナを奪った場合、あまりにマナの量が多すぎると素材に使っているミスリルが崩壊してしまう事がある。
それを防ぐための予防策として、人という受け皿にマナを一時的に貯めておくのだ。
──他人からマナを奪い、奪い取ったマナを鎖の使用者の体内へと吸収させていく。
これがトールが制作した 吸魔の鎖、『グレイプニール』の能力だ。
体に宿るマナを操作し魔術を行使する魔術師には天敵とも言うべき武器だろう。
それでなくてもただ鎖に巻き付かれているだけで、生命力とも呼べるマナを吸い上げられ続けるのだ。
なんとも恐ろしい鎖だが、考えてみればこの鎖はトールが行き場のない感情を吐き出す為に作った物なのだ。
この鎖にはトールという人間の生々しい感情が込もっている。
怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみ。
トールがこれまで人生で抱え込んで来た、負の感情。
それがこの鎖に宿っている。
そう考えれば、この鎖の凶悪とも呼べる攻撃性の説明がつく。
いや、今もトールはこの鎖の性能実験を続けている所を考えると、まだこれが全てではないのかもしれない。
トールの心の奥にはもっと深い暗闇があるはずだ。
仮にだが、もしもトールが自分の感情の全てを吐き出し、その技術の全てを使った場合、一体どんな武器が出来上がるのだろうか?
そして、どれだけの人間が傷つくのだろうか?
……もちろん、今の段階ではこの先がどうなるのかはわからない。
だが、ここに闇の片鱗が見えたのは確かだろう。
──それだけトールが作ったモノは凶悪だった。