痛みと苦しみ
亡き両親達へと向けた慕情。
二人を失った日の喪失感。
そして、遠い日々の『三人』での思い出。
過去の話を聞くことによってその全てが甦り、トールの頭と胸を掻き乱した。
(あぁ……本当に……)
うめき声が出ない様に歯を喰いしばるが、目から涙が溢れ、顔を覆っていた手が濡れていく。
涙は手を伝い、そしてテーブルの上へと少しずつ落ちてゆく。
……部屋の中にいる大人達はトールの様子にまだ気づいてはいない。
しかし、それも時間の問題だろう。
今は部屋の中を沈黙が支配しているが、トールが嗚咽を一つ漏らすだけでそれは終わる。
出来ることなら今すぐ外へと飛び出し、人目を憚らずに自分の中にある感情を吐き出したいだろう。
しかしそれが出来ない今、トールは苦しんでいた。
溢れる涙に歯の隙間から漏れそうになる声。
そして、制御しきれない自分の感情。
──いつになれば自分はこの痛みと苦しみを乗り越えていけるのか?
──父と母が亡くなり何年も時は経つのに、こんなにも苦しみが続くのは何故なのか?
──痛みと苦しみで生まれたこの感情はどこに吐き出せばいいのか?
言葉に出来ない感情を自らの体に押し込める。
(本当に……本当に……)
何度も何度も傷ついては立ち上がり、その立ち上がる途中でまた傷つく。そしてその痛みでまた地面をのたうち回る。
そんな延々と続く痛み。
絶望を立ち向かう人間はその過程で多くの痛みを味わう。
人は立ち向かってゆくその姿を素晴らしいと思うかもしれない。
だが、どんな勇気や根気のある人間だろうが辛いものは辛い。苦しいものは全部苦しい。
そして、何度もそれを経験した事がある人間だからこそ、その辛さや苦しみは誰よりもよくわかる。
打ちのめされて、打ちのめされて、前を向こうとしても、苦しみは常に目の前にある。
逃げも隠れもせず、その人の前にずっとそれは立ちふさがり続ける。
トールはそれが怖い。とても怖い。
何度も何度も経験した事がある痛みと苦しみだからこそ怖い。
何度も苦難に立ち上がった事のあるトールだからこそ痛みが怖い。
もしトールの事を弱い人間だと思うのなら、それは彼に夢を求めすぎている。
トールは恐怖と苦しみにずっと耐えてやって来た。人一倍傷ついて苦しんで来た。
彼の心はすでにボロボロだ。
さらに、彼の夢は常に苦しみが付きまとい──彼をこの先もずっと苦しめ続ける。
トールはその事を『痛い』ほどよく知っている。
だから──
「……本当に、いつも……」
胸の中は制御できない感情が渦巻いている。
だが、自分が一番信用する両手。
「…………」
その手を強く握り──拳を作る。手の中にある『何か』を潰すように強く握る。
そうやって痛みと苦しみを押さえ込む。
擦るようにして顔を指で一気に拭い、前を向く。
――ガタッ!
トールは腰を下ろしていた椅子から立ち上がる。
そしてそのまま自分を見つめる大人達に向け、トールは言葉を送った。
「ありがとうございました」
──それは感謝の言葉だった。
……本音は十年前のあの時、何故自分達家族を助けに来てくれなかったのかと恨み言も言いたかった。
だが今この時、この場でトールが言いたいと思う言葉はこれしかなかった。
記憶の中にある両親の記憶はとても少ない。
そして、両親に関する記憶には辛い記憶が多い。
だからこそ、人から聞いた話だとしても両親の記憶が増えることは堪らなく嬉しい。
それが幸せな記憶だったならば、なおさらだ。
嬉しい。堪らなく嬉しい。
だから、ここに連れて来てくれた学院長に、両親の話をしてくれたニケとブレッドに感謝の言葉を送ったのだ。
……だが、ここまでがトールの限界だった。
「……本当に、ありがとう……」
言葉を送った後は相手の反応を確かめる事もせず、トールは椅子を引いて大人達に背を向けた。
「……失礼します」
そのままトールは部屋から出て行こうとする。
「「────待っ!」」
トールの背後からはニケ達の静止の声が聞こえるが、それをトールは無視して足を進める。
――ダンッ!
扉を勢いよく開け、そのまま屋敷の中を誰にも追いつかれぬように走り抜けた。
「あぁ、本当に」
両親の話を聞けたのは本当に嬉しかった。
だが、ただ嬉しいだけではない。
「……なんでこんなに」
死別した人間の話を聞けば聞くほど、そう思ってしまうのだ。
もういない人間の話を聞けば聞くほど、そうなってしまった「原因」と「今」が本当に辛い。
目の前に突きつけられた現実が本当に辛い。
話を聞けば聞くほど切ない。
胸が苦しくて苦しくて我慢できない。
本当に本当に。
辛くて、切なくて、苦しくて。
そして、何より胸の奥が痛くて痛くて──
「……『たまらない』」
更新が遅れて申し訳ありません。出来れば今月はあと一つか二つ書きたかったんですけど、ちょっと時間が足りないみたいです。申し訳ない。
次はもう少し早く仕上げられるように頑張ります。