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跡継ぎ問題

 その後、スルトとシンモラの二人はなんだかんだと互いに文句を言いながらも交友を深めていった。その様子は傍から見ても実に仲がよく。

 当時の学院の生徒の中には二人を「特別」な関係だと勘違いしていた生徒達もいたりした。

 だが、それは違った。

 

 ──二人が「特別」と呼べる関係になったのはもっと後になってからだった。




 当時、スルトには「ブレッド」と言う名の貴族の友人がいた。

 また、シンモラには「ニケ」と言う名の妹がいた。

  

 そして、二人は「特別」な関係であり、恋人同士だった。


 どちらも相手をとても好いており、学院を卒業した後は教会でめでたく式を挙げるだろうとスルトとシンモラはよくからかっていた。


 ──だが、シンモラの兄が病に臥せった事で事態が急変した。


 シンモラの兄は生まれつき体が弱く病弱だった。しかし、歳をとるにつれて体が丈夫になり、体調を崩すことは滅多になかった。

 だが、不幸にも当時流行していた病にかかってしまった。何ヶ月も床に臥せり、命すら危うかった時もあった。

 だがなんとか体を持ち直し、元の健康体へと戻ることが出来た。しかし、この時からヴァルカン家にある問題が持ち上がってしまったのだ。


 跡継ぎ問題。

 

 生死を彷徨い高熱を出し続けたシンモラの兄に子供を残す力が残っているのか?


 それが問題となっていたのだった。

 実際、高熱を何日も連続で出し続けたことで子種がなくなった男の話がある。


 それに元々体が弱かった長男のことだ。今後もどうなるのかわからない……


 シンモラの父、つまりはヴァルカン家の当主はそう考えた。


 そして、当主は長男が子供を残せないのならば他の子に次の跡継ぎを産んでもらおうと、まず長女シンモラの縁談を「本人」に内緒で進めていった。


 ……ちなみにこの時、シンモラの父は人生最大の間違いを犯した。


 跡継ぎ問題の焦りからか、しっかりとした下調べをしなかった。


 あろうことか、長女と交友がある貴族ということで、次女ニケと恋人関係にあった「ブレッド」を縁談の相手に選んでしまった。


 ……これを知った時の彼女の顔を思い浮かべて欲しい。きっと魔物がしっぽを巻いて逃げ出すような顔をしていたに違いない。 

 実際、この事を教えたシンモラの兄は裸足で妹の前から逃げ出したくなったそうだ。


 病み上がりの兄を心配して家に戻って来てくれた上の妹に、この話をした兄は心底怯えた。その体はまた病が再発したか思うほどぶるぶると震えていた。


 「ま、まだ先方には話も通していない……! こちらだけが勝手にそうしようと思っているだけで……わ、私はこの話を親父殿から聞いただけで……まさか相手がニケの恋人だったとは……!」


 これが妹に恐怖する兄の台詞だ。

 ちなみに、その妹は兄をびびらせるだけびびらせた後、父の書斎に飛び込んでいった。


 この後、シンモラとその父は何時間も書斎で口論を続けた。

 貴族とは思えない罵声の嵐。そして、屋敷に響く大きな物音。

 それが日が沈むまで続いた。


 だが、最終的に父親が頭を冷やさせる為に娘を数日間自宅に謹慎させることで話は終わった。


 ──貴族にとって家と血脈を守ることの重要さを嫌と言うほど教え込んで育てたのだ。少し頭を冷やせばこちらの気持ちを察し、落ち着いてくれるだろう。

 

 と、シンモラの父親は思っていた。


 だが、そんなはずがない

 シンモラの父親はシンモラの性格と行動力を舐めていた。


 数日間だろうが、数年間だろうと、シンモラの性格が自宅に謹慎した程度でおとなしくなるはずがない。

 まして、おとなしく妹の恋人との縁談を受け入れるはずがない。


 シンモラは家のメイドや妹、主に身内の女連中を仲間に引き入れ、外部と連絡を取って「ある男」を自室に呼びつけ「ある行動」を起こした。


 

 ちなみに、呼びつけたのは夜で、場所はシンモラが謹慎されている彼女の私室だった。


 「よく来た。歓迎するわ」


 シンモラは部屋の中に顔見知りの男が現われ、作戦の第一段階が成功すると腕を組んで満足げに頷いた。


 「……言っとくけどコレ、諜報兵が屋敷に潜入する方法とかだから……」

 

 台車カートから体を出しながら、スルトはシンモラに文句を言った。彼女はメイドや妹に頼んでスルトをベットシーツを運ぶ台車カートの中に隠れさせ、自室に呼びつけたのだ。


 今回の作戦ではどうしてもスルトの力が必要だった。


 「……で、本気?」


 スルトはそう言って自分を見上げる小柄の少女を見下ろした。全て話は彼女の妹から聞いていた。

 シンモラの縁談の話。ニケとブレッドの話。


 そして、今回の作戦。


 「えぇ、すでに兄さんはこっちの味方。まぁ、実際今回の件はあの人が発端なんだからこれから色々と頑張ってもらわないとね」

 「…………」


 明るく笑いながら話すシンモラを、スルトは何か言いたそうな顔で見つめた。


 ──だが、シンモラはそんな彼に向かって宣言した。


 「私は王都から出る」

 「…………」


 自身満々でそう言ったシンモラに、スルトは呆れた声で尋ねた。

 

 「……その間にお兄さんは恋人とよろしくやって子供を作るって? お兄さん、生死の境を彷徨うほどの高熱だったんだろ? ……失礼だけど種大丈夫?」

 「教会の神官様を呼んで確かめてもらったわ。普通の人より作るの難しいかもしれないけど、大丈夫だって」

 「……なぁ、やっぱ親とその事をもう少し話し合ったほうがよくないか? 親父さんはまだその事知らないんだろ?」

 「駄目駄目。私の家って、教会と昔から中が悪い側の貴族なんだから。神官様の話なんて信じないわよ」

 「……でもなぁ」 


 何度かの問答をした後、シンモラが耐え切れなくなったのか、スルトの胸倉を掴んで来た。


 「アンタは近くの町まで私を送るだけでいいの。……ねぇ、わかった?」

 

 彼女の目は血走り、声にもドスが効いていた。


 「……了解」


 もうこれは何を言っても無駄だと理解したスルトは、諦めて作戦に協力することにした。


 作戦はシンプルだった。


 1、家から脱出。

 2、王都を脱出。

 3、他の街に向かう。

 4、街で働きながら暮らす。

 5、兄に子供が生まれたら家に帰る。ただし、その時の状況次第。


 スルトが手伝うのは3の途中まで。

 近くの街まで運んだら、その先はシンモラが全て自分でこなす。

 ニケとブラッドの話はシンモラの兄が父親を説得するので問題はない。学院卒業後には結婚式を挙げる事だろう。

 こんなかなり杜撰な作戦だが、一応働き口には目星をすでにつけてある。


 「魔術師はどこの町でも貴重な人材。すでにニケに学生証を渡して私のギルドカードは作成済み。学院の生徒という身分、そして私の魔術の腕と知識があればお金に困ることはまずないわ」

 

 そう言って、ベットの下から旅行鞄を取り出すシンモラ。

 高学歴で確かな実力と知識。確かに仕事に困る事はなりそうにない。実際、かなり儲けられそうだ。


 「……後はそれが親御さんにバレないかが問題だけど。……まぁ、ギルドがそんな簡単にメンバーの個人情報をバラすはずがないか」

 

 用意の良さにスルトは呆れた様子だ。


 そんなスルトを横切って、旅行鞄を持ったシンモラは部屋の中にいた他の人間。

 身の回りの世話や今回の作戦でスルトを隠した台車カートを運んでくれたメイド達に別れの挨拶を告げた


 「みんな──元気で」


 そのまま確かな足取りでテラスへと向かう。その足取りは驚くほどに軽い。彼女の周りで涙ぐんでいるメイド達の空気とは大違いだ。

 

 だがシンモラは彼女達の涙を吹っ切るようにテラスへと出た。


 「──スルト」

 「了解」


 『ヒュッ!』


 シンモラがスルトを呼ぶと、スルトはテラスにやってきて、テラスの手すりから勢いよく屋敷の庭にロープの片端を投げた。


 『ギュッギュッ!』


 「……よし。シンモラ、来い」


 もう片方のロープの端をしっかりテラスの手すりに結びつけると、彼はシンモラを手招きした。


 「えぇ」


 シンモラが自分に近づいてくると、スルトは彼女に背中を向けた。そのままスルトは膝を曲げてしゃがむ。


 「「「??」」」


 その様子を見ていたメイド達は二人が何をしようとしているのかよくわかっていなかった。てっきり荷物を下ろした後は二人でロープを伝って屋敷の庭に下りていくものだと思っていたのだ。


 ──だから、シンモラがスルトの背中に近づいて『おんぶ』された時。


 「「「────!!」」」


 彼女達の口から小さな声で歓声が上がった。


 彼女達の顔にもう涙などない。どのメイドも隣の人の背中や服を叩いたり引っ張ったりして、実にいい笑顔だ。

 

 「あの人達どうしたんだ?」

 「……いいから、早く降りなさい」


 声が聞こえたのか、背中を向けているスルトが後ろを振り返ろうとするが、──それをシンモラが止めた。何故か声が怖い。


 「あ、あぁ……」


 なんだかよくわからなかったが、とりあえずスルトはシンモラを背負ったままロープを掴む。

 そのままロープを伝って下へと降りていくと、上の方からメイド達が手を振っているのが見えた。 

 だがそれに応える暇なく、スルトはロープを素早く伝って庭へと降り立った。


 「……着いた。鞄をこっちに」

 「……えぇ」


 テラスからロープを伝って庭に着地すると、スルトがシンモラの鞄を受け取る。そのまま二人はすぐに屋敷の外へに向かって走る。

 だが、隣を走るシンモラの様子が何故かおかしい。顔を伏せ、俯いたまま走っている。

 まさか足でもくじいたのかと思ったスルトはシンモラに近づいて小声で囁いた。


 「……どうした? 足でもくじいたのか?」

 「……気のせいよ。それよりクソじじいにばれる前に早くここを出るわ」

 

 どうやら怪我ではなかったらしい。

 だったら問題ない、とスルトはそのままシンモラと一緒に屋敷の外へと向かった。


 ──こうして二人はシンモラの実家からの脱出に成功した。



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