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家族

 「……死んだはずだろ、『母さん』」


 「…………」


 ブレッド氏が自分の妻を紹介すると言って紹介した女性はトールの記憶の中にいる母親とあまりに似ていた。


 だがトールの母親はすでに十年前の戦争で亡くなっている。


 つまり、目の前にいる女性は母親と別人。トールもその事は頭の中ではしっかりとわかっているはずだ。


 だがトールは目の前の女性にそう尋ねずにはいられなかった。


 自分の目の前で一体何が起っているのかを知るため、目の前の女性が何者なのかを知るために、

 

 「……『スルト』と『シンモラ』という名前の二人を……貴方は知っていますか?」


 しかし、女性は答えを返してくれることはなく、逆に質問を返された。


 尋ねられたのは二人の人間の名前。


 「────」


 そのどちらもトールは聞き覚えがあった。


 いや、それも当然だろう。


 スルトは父。シンモラは母。

 

 どちらもトールの両親の名だ。


 「……………」


 この時のトールには何故目の前の人物が両親の名を知っているのかわからなかった。


 だがトールは、この質問に対して、ただ事実だけを口にした。


 「……両親の名です」


 「────」


 トールの言葉にトールの母親によく似た女性は再び答えを返すことはしなかった。


 代わりに、呆然と立ち尽くすトールの目の前に歩み寄り──両手で包み込むようにしてトールの頬に触れた。


 「……そう、貴方が、二人の……」


 トールの母親とよく似た女性は、そのままトールの頬を何度も撫でた。


 「……っ」


 突然、トールの足と瞼が揺れ始めた。足元がぐらつき、目の奥が熱い。


 目の前の女性の顔が徐々にゆがみ始め、胸が苦しくなってきた。


 なにより、頬を撫でる手が感触たまらないほど懐かしい……


 「…………っ!!」


 ふいに、目の奥から熱い何かが零れ落ちそうだと感じとると、


 『ぐぃっ!』


 「──あっ」

 

 ──トールは目の前の女性を肩を掴んで彼女との間に距離をとった。

 

 そして、そのままの距離でトールは女性に尋ねた。


 「……何で母さんと似た顔をして、父さんと母さんの名前も知ってる? ……なんでだよ……教えてくれよ。……あんた、何者なんだよ……」


 声を詰まらせるトールの問いに、


 「私の名はニケ。──貴方の母、シンモラの妹です」


 ──今度こそ女性は答えてくれた。


 『ニケ』


 女性は自らをそう名乗り、さらに自分がトールの母親の妹だと名乗った。


 母の妹。つまりはトールの叔母。

 

 「……俺の、叔母さん……?」


 トールは一度顔を上げて自分の叔母と名乗る女性の顔をじっと見た。


 ニケの顔は記憶の中にいる母親と本当によく似ていた。その理由が姉妹と言うことならば確かに顔が似ていると納得出来る。


 「い、いや……母さんは普通の平民だったはずだ。貴族の奥さんが妹のはずが……」


 だが、まだいくつか納得が出来ない点があるのか、トールは自分の叔母らしき人物の肩を掴んだまま何事か呟き始めた。


 そんなトールを見て、ニケと名乗るトールの叔母は、トールの腕にそっと自分の手を添えながら言った。


 「っ」


 「……色々と聞きたいこともあるでしょう。──でも、その前にもう一度だけ私の質問に答えて。この質問に答えてくれるのなら、その後は貴方の知りたいことはなんでも話すから……」


 「…………」

 

 トールは呟くのを止め、真剣なニケの顔を見て一度首を縦に振った。


 ──肯定のサイン。


 ニケはトールのそのサインを見て、彼の腕を強く握りしめて聞いた。


 「──スルトさんとシンモラ姉さん。……あの二人は今、『何処』にいるの?」


 トールの腕を強く握りしめて問いかけるニケ。その顔は真剣そのものだ。


 「え?」


 だが、逆にトールは呆けた顔で固まってしまった。


 ……両親が何処にいるのか?


 それは十年も前から変わっていない。トールの両親はずっと土の中で眠ったままだ。


 なのに、それを確認した。


 つまりは……


 「あ……」


 「…………」


 母の妹、もしくは自分の叔母かも知れない人間。


 『だが、その人は両親が今『何処』にいるのかを知らない』


 そこに思い当たり、トールはニケの顔を何度も見た。


 もしそれが本当ならばこれからトールが話すことは残酷そのものだ。


 ──両親の死を告げる。

 

 今まで一度も経験したことのない緊張感に口内から水気が失せ、喉が痛いほどに渇いた。


 「…………っ」


 鉛のように固まった喉は音を出すことが出来ず、ニケに何も言葉を返すことが出来ない。


 残酷な一言を言うための一歩が踏み込めない。

 

 だがこのニケと名乗る女性が母の妹ならば、トールは話さなければならない。


 息子、そして家族として──ニケの姉(家族)の最後を。


 それがどんなに苦しくてもトールは両親の最後を口にするべきだ。


 そうすることがニケに対する誠意ある行動であり、二人の死を知る者の義務だ。


 しかし、トールはその死を伝える覚悟が決められない。

 

 踏ん切りがつかない。最初の一歩が踏み出せない。何度も足踏みをしては相手を焦らす。


 いつものトールならば考えられないほどのじれったさだ。


 だが、躊躇うのも当然だろう。両親に関する事はトール最大のトラウマだ。


 「っ……」


 何かを言おうとするたびに見えない刃物が体の奥に入り込み、トールの内臓をぐちゃぐちゃにしていく。


 心臓が出鱈目に動き出し、胃が拳で握り潰されたように痛み始める。


 「……ぁっ……っ」


 再び目の奥が熱くなり、目を開けているのも辛い。


 思わず顔を伏せてしまいたくなるが、ニケの真剣な表情がそれを許さない。何かを言おうとするたびに躊躇い、そのたびに苦しむ。


 「……もう、充分にわかりました……」

 

 だが、そんなトールの痛々しい行為を止めた人物がいた。


 ニケだ。


 彼女はトールの答えを待たず、一人で納得するようにして掴んでいたトールの腕を放した。


 「……わかっていた……こと……ですから……」

 

 搾り出すような声がトールの胸を突き刺さる。俯く姿に罪悪感が募る。


 トールの反応で感づいてしまったか、もしくは聞く前から薄々と……


 しかし、それでも二人の最後を知る人間から姉の最後を聞きたかっただろう。


 何かが変わると思えなくても、諦めや納得は出来ると感じて。


 だが、トールはニケに両親の最後を言葉で伝えることが出来なかった。


 「…………」

 

 トールは何かを言わなければならないと思うのだが、何も言葉に出来ない。罪悪感が増す。


 「…………夕食の準備がもうすぐ出来ます。話はその時に全て……」


 そんなトールに向かってニケはそう言い残すと、トールの傍から離れ、部屋の外へと出て行った。


 「ニケっ!」


 「────」


 出て行ったニケに続くようにして夫のブレッドが続き、今までの成り行きを黙って見ていた学院長もそれに続いた。


 「…………」


 部屋の外から「すぐに応接間に人を……」と、トールのいる部屋に人を向かわせる声が聞こえたが、トールにはそんな事はどうだってよかった。


 今はただ落ち着ける時間が欲しかった。


 頭も心も一度真っ白に戻し、夕食の時間までの間、落ち着ける時間が必要だった。

 

 「……なんなんだよ……」


 だが、トールが自分の顔を手で覆うと、頭の中に先ほど起った出来事が次々と浮かび上がっていく。……頭の中が完全に混乱してまともな整理が出来ない。


 「…………くそっ……」


 その後、部屋の中に給仕をする為のメイドがやってきても、夕食の時間を知らせる執事がやってくることになっても、トールの頭の中は変わらず混乱したままだった。


 結局、そのままの状態でトールは母の妹と名乗る女性と食事をともにする事となり、混乱した頭のまま、──両親の過去を知ることとなった。


次で両親の過去の話をもう少し詳しくやるつもりです。

誤字脱字の報告、または小説の感想を待っています。

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