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クラブ

 学院では新入生の入学式が終わると、その日から学院では『クラブ活動』の勧誘が行われる。


 運動や創作活動をする事をこの学院は推奨しており、学生達が健やかな学園生活を過ごせるように学院側が予算を出し、彼らの活動を支援している。


 これにはクラブ活動を通して競争意識をもって欲しいという学院側の意図があり、生徒達の才能を様々な活動をさせることで開花させようしているわけである。


 そのクラブ活動についてだが、学院には様々なクラブがあり、入学式の次の日にはどのクラブも新人を獲得する為に盛んな勧誘合戦が行われる。














「そこの君、いい体してるね!! だったら是非わが体術部へ!!」

「初心者でも大歓迎!! 私達と一緒に園芸をしてみませんか!?」

「おいしいお菓子はいかがですか!! 今、体験入部でケーキを作っています。もちろん作ったケーキは持ち帰って結構です!!」

「あなたの若い感性で筆を取ってみる気はありませんか!! 美術部はあなたを待っています!!」


 入学式の次の日――何処のクラブもあの手この手で新入生を確保しようと必死であった。


 そしてそんな数あるクラブの中で一際目立つクラブがあった。


 ――そのクラブに所属していると思わしき生徒達は全員が防具をつけて木製の模擬剣をもっていた。


 その中の数人の背中には張り紙が貼ってあり、墨でこのような言葉が書かれていた。


『――剣術部。ただいま新入生歓迎中!!』

『――模擬戦闘を見たい方は是非中庭に!!』

『――女性でも歓迎!! 自分の身は自分で守りましょう!!』



 彼らの正体はこの学院でも最大規模を誇る剣術部の部員達であった。毎年新入生の勧誘では伝統の『風船割り』をするので大変目立つ。


 簡単に風船割りのルールを説明すると、剣術部の部員が体のあちこちに紙で出来た風船をつけ、それを新入生が剣で割るといったものだ。


 部員たちはこれを何の捻りも無く、そのまま『風船割り』と呼んでいる。


 風船をつけた部員は一応木製の模擬剣を持つが、安全を考慮してあくまで防御のみ。


 さらに部員の体についた風船を割った人間には賞品が貰え、割った数によりランクが上がっていく仕様となっている。


 怪我をする危険も少ないので毎年参加者が列をなして並ぶのだが――今年は少しだけ違った。


「……なぜ私だけ相手がいない?」


 そういって首を傾げるのは女性としては長身の髪を後ろで縛った赤い髪の凛々しい少女だった。


 赤毛の少女が目の前の体格の良い男子生徒に向かって文句を言うが、それを聞いた男子生徒がため息混じりに女生徒に言った。


「……お前、さっき自分が何をしたか忘れたのか?」

「忘れた」

「相手の男子生徒に向かって金的かましたんだよ!! それでよくそんな台詞が言えるなぁっ!」

「あれはあいつが悪い。あの新入生がふざけて私の胸を触ろうとしたので、ちょっとお灸をすえてやっただけだ」

「……そのお灸の所為で新入生が怯えまくって、だれもお前とやりたがらないんだよ。少しは反省しろ」

「……だが私だけ相手がいないと暇だ」

「知るか。嫌なら自分で相手を引っ張って来い。あの惨状をまだ見てない奴がいれば、まだ参加の可能性はあるがな」

「……ふむ」


 男子生徒の台詞を聞いた少女は人垣の中をじーっと見た。


「「――――」」


 殆どの男子生徒が怯えて顔をそらす中――赤毛の少女はある男子生徒がこちらをきょとんと見ていることに気がついた。


「そこの君。ちょっとこちらに来たまえ」


 赤毛の少女はその男子生徒を指差し、こちらに来るように手招いた。


 指を指された男子生徒はキョロキョロと周りを見渡すが、指を指されたのが自分だと気がつくと女生徒のほうにノコノコと近づいていった。


 ……自然と他の生徒の中から同情のため息が出た。


「ん?」


 周囲の反応に首を傾げる男子生徒を見て、少女は笑みを浮かべた。









「ルールはわかるな。時間内に私の体についた三つの風船を割れば、あそこにある商品がもらえる。武器は其処にある好きなものを使え」


 そう言って少女が木箱に入った長さの違う模擬剣をゆび指した。


 男子生徒は面倒な事になったと思いながらも言われた通りに箱の中からちょうど良さそうな物を探り当てた。


「決めました」

「ん。では始めるか」

「でもいいんですか? 俺入部する気なんて全くないですよ」

「気にするなこんなのただの客寄せだ」

「……客寄せ」

「それに私だけ相手がいないのは退屈だ」

「……」

「そんな顔をしないで君も楽しみたまえ。風船をすべて割ることができれば豪華な商品がもらえるぞ?」

「へぇ、例えばどんなものを?」

「皮製のポーチや鉄板入りのブーツなど……まぁ色々だな。どれもこれも買うと数万はする上物だぞ」

「おぉっ!!」


 男子生徒の好反応な様子に気を良くした少女は、次に賞品の並ぶ棚の上においてある物を指差した。


「そして今回はなんとだな。顧問の教師が高価なミスリルの原石を風船を全て割ることの出来た者への賞品として『何故か』くださったのだ!」


 ――話を聞き終えた男子生徒の反応は劇的だった。


 目を輝かせ、「すぐ始めましょう!」とものすごい勢いで少女を急かし始めた。


 そのまま少女は男子生徒に流される様に中庭の一角へと向かった。










 白いチョークで線の引かれたコートの中――二人は対峙する。


 新たらしい挑戦者の姿に周りのギャラリーがざわざわと騒ぎ始めた。


 赤髪の少女は周囲の喧騒をよそに静かに木剣を正眼に構えた。


「では始めるか」


 審判役の生徒がやって来て、「二人共、用意はいいか?」と尋ねて来る。


「俺はいつでも大丈夫です」

「こちらもだ」


 返事を返す二人。


 審判役の生徒はそれに頷き、決まりの文句を口にする。


「両者構えて――」


 少女が模擬剣の先を相手へと向ける。


 少女の姿は長年剣を持っていた人間の完成された『型』があった。


 対して、男子生徒はと言うと――


「なんだあれ?」

「なんかの冗談か?」


 ギャラリーの中から、ざわめきが聞こえ始めた。


 彼らが口にするのは男子生徒の構え。


 男子生徒の構えには、さすがの審判役の生徒も少女も驚いた。


 男子生徒は剣を『担ぐ』ようにして構えていた。


 剣術を多少知っている人間からしたら常識はずれもいいところだろう。


 だが、本人の顔は真剣そのもの。悪ふざけや冗談ではない。


「――――」

「…………」


 審判役の生徒が女子生徒の目で合図を送った。


 おそらく、手加減しろという合図だろう。


「…………」


 頷く少女を見て、審判が片手を天高く上げた。


「では始め!!」


 そして開始の言葉と共にその手を勢い良く振り下ろした瞬間――



『――――――ッッッ!!!!』



 ――爆音が中庭に響いた。


 審判もギャラリーも驚いて音の原因を見た。


「……うそだろ」

「まじかよ」



 少女が先ほどまだ立っていた場所――其処にあった筈の石畳が完全にめくり・・・上がっていた。


 男子生徒が開始の合図とともに、少女に接近して上段から恐ろしい速度で剣を振ったのだ。


 少女は避ける事はできたのだが、避けたことによって目標を失った男子生徒の剣は石畳を盛大に叩き割った。


 状況を説明すればただそれだけなのだが、それによって生じた衝撃は信じられない光景だった。


 剣の様な薄い鉄の塊ではなく、それこそ大鉄塊ハンマーでも振り下ろしたかのような現象が目の前にはあった。


「……んー」


 そしてその現象を引き起こした男子生徒の模擬剣は完全に壊れてしまっていた。


「ちょっと待って」


 男子生徒は壊れた模擬剣を一度置き、模擬剣のたくさん入っていた木箱の元へ向かった。そしてそのままがさがさと箱の中をあさり始めた。


「これとこれ。あとはこれもか」


 そして箱から手頃な模擬剣を引っ張り出すと、それをまず四本の模擬剣を腰のベルトに無理やり差し、左右の手に一本ずつ握った。合計六本の重装備である。



「「――――」」


 その様子を、周りの人間は無言で見ていた。


「お待たせしました」


 腰と手に武器をわんさかと持って舞い戻った彼は、審判に試合の再開を頼んだ。


「そ、それでは再開!!」


 審判の焦った声で試合はすぐに再開された。


「ふぅ……」


 再び男子生徒は剣を担いで構えるが、今度の場合は二本。


 ――ギャラリーは息を呑んだ。


 もう誰も彼を笑うものはいなかった。


 じりじりと――今度はゆっくり少女との間合いをつめていく。


 そして、ある一定の距離まで少女に近づくと――殆ど飛び掛るようにして男子生徒は剣を振りかぶった。



『――――――ッッッ!!!!』


 

 地面が斬撃の衝撃で弾けた。


 今度も男子生徒の斬撃を避けた少女。


 ……だが飛んできた石の破片で風船の一つが割れてしまった。


 ほぼ同時に、男子生徒の握っていた模擬剣も握りの部分が壊れた。


 男子生徒は壊れた模擬剣を後ろに放り投げると、腰のベルトから二本の剣を取り出した。


 ――風船はまだ一つしか割れていない。

 ――残り時間はまだ二分も残っている。


「……あと二つ」


 だが赤髪の少女に余裕はなかった。


 少女は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。


「……しゃれにならん」


 すでに手加減するなど考えてはいない。ただどうやってこの死地を抜け出すかだけを考えていた。……あれは当たり所が悪ければ確実に死ぬ。


 しかもこちらから誘った都合上、絶対に中断など出来るはずがない。


 そんな事を頭の中で考えている内に、再び間合いをつめてくる男子生徒。


 ――まるで悪魔のようだ。



「うーん?」


 しかしそんな少女の考えとは裏腹に、男子生徒はのんきにゲームを楽しんでいた。


 彼はなかなか風船が割れない事と地面が意外に柔らかい事に疑問を抱いていた。


 彼はもう時間が残っていないことで焦り、三度目の攻撃は剣の間合いを計り間違えてまた地面を殴ってしまった。


 幸いにも、また破片で風船が割れたが偶然は三度も続かない。彼は悩んだ。


「あっ、そっか。なんか違和感があると思ったらそういう事か」


 突然彼は叫んだ。


 彼は最後の二本の剣を二つ重ねて持つ。


 そして今度は模擬剣を上下逆さまにして持った。


 つまり刀身を握り、握りの部分を相手に向けた形だ。


 刃のついていない木製の模擬剣だから出来る方法である。


「よし。いつも通りだ」


 そして、彼はまた剣を担ぐ。


 残り時間はもう一分もない。


 だが、勝負は次の一撃で決まる。


 ――緊迫した空気が辺りに漂う。


 しかし、そんな空気などお構いなしに彼は力強く足を踏み込んだ。


「ふんっ!!」


 今までで一番速く剣を振った。


『――――ッッッッ!!!!』


 爆音が響き、その際に巻き起こった土煙が晴れた後――男子生徒の手には剣の残骸だけがあった。


「はぁっ! はぁっ!」


 少女がその横で無傷で立っていた。


 胸には無傷の風船。


 ……最後の一撃は少女には届かなかったようだ。


 男子生徒は手に持った壊れた剣と少女の割れていない風船を見て、がっくりと肩を落とした。


 そのまま模擬剣の残骸を地面に置き、その場を立ち去ろうとした。


 殆どの人間がそれを呆然と見ていたが、今まで戦っていた少女だけ彼に声をかけた。


「き、君、名前はなんていうんだ!!」

「ん?」


 男子生徒は少女の声に振り返た。


 そして赤錆色の瞳に無邪気な笑顔を浮かべ――


「トールだ。トール=グラノア」


 そのままどこかに去っていった。


長いですかね?


もうすこし短く投稿したほうがよかったら感想で意見を書いてくださるとうれしいです。


本当に感想お待ちしています。

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