防犯
「やっぱり、こういうアイテムは作り易いな」
自分の研究室で、トールは一つの『クラッカー』を手に持ってそう呟いた。
『クラッカー』
主にパーティなどで場を盛り上げる時に使われ、少量の火薬を発火させて紙ふぶきや紙テープを飛ばす、パーティの定番アイテムだ。
――しかし、トールが持っているものは中身がかなり違った。
竜人族のキキョウに協力を仰ぎ、手先の器用なトールが製作した特別製のクラッカーだ。
普通に流通しているパーティグッズとは中身も目的もまるで違う。
そのクラッカーは『防犯』目的として製作され、不埒な輩に鉄槌を下すべくキキョウとトールが力を込めて作った渾身のアイテムだ。
先日、学院長に報告した時、『少し武具から離れた物を作ろう』と考え、出来たのがコレだ。
効果は製作に携わったキキョウとトールのお墨付き。
今すぐにでも商品化してもいいくらいなのだが、それにはまだ問題が問題が一つ。
それは……
「どうやって実験するかだな……」
トールもキキョウも、『手加減』と言う言葉を忘れて製作を続けていたため、かなりヤバめのアイテムとなってしまっていた。
キキョウなど、製作が終わると『実験は結果だけ教えてくれればいいです』と、この特製クラッカーの実験を嫌がり逃げた。
おかげで、一人で実験結果をとって学院長に報告しなければいけない。
「……害鳥や害獣駆除を頼む農家の人がいないか学院の事務にでも聞きにいくか」
トールはしばらく悩んだ後、実験の出来る場所を求め、学院の事務に向かうことにした。
「……クラッカーは、暴発するとヤバイから置いていくか」
もしもの時を想定し、トールは特製のクラッカーを研究室に置かれたガラス棚の中に入れる。
「置いた場所を忘れないようになるべく目立つように手前に置いておくか」
ガラス棚の一番手前にクラッカーを置き、部屋の鍵を手に持つ。
「さてと」
そのまま部屋の外に出ようとした所で、
『コン! コン!』
と、部屋のドアを叩く音が聞こえた。どうやら来客のようだ。
しかし、ここに来る人間はかなり限られているため、トールは特に緊張するわけでもなく、「開いてるのでどうぞ」と部屋の外から適当に返事をした。
すると、部屋のドアが外から開き、部屋の中にクラスメイトのディースが入ってきた。
「ちょっと邪魔するぞ」
「どうした? 学院の備品でもぶっ壊したか?」
「いや、寮母さんに伝言を頼まれたから来た。『鍋の底が抜けたので直して』だそうだ」
「……学生使って修理代金ケチってんなあの人。まぁ、わかった。こっちの用事が済んだらすぐに行く。でも、その前に少しここで留守番しててくれ」
「なんだ? どっか行くのか?」
「事務でちょっと聞きたいことがあるから話し聞いてくるだけだ。すぐ戻る」
「ふーん? まぁ、わかった。留守番してる」
「よし頼んだ。部屋の物をいじってもいいけど壊すなよ」
「了解」
ディースとトールはそんなやり取りをすると、トールは部屋の外へ出て行き、ディースは部屋の中のものを物色し始めた。
――トールが部屋を出た後、ディースは部屋の中に置いてある木彫りの彫刻などを見ていた。
花や動物、または怪物や髑髏など、彫刻は様々な形の物があり、見ていて飽きない。
なにより、そのすべてが細かいディティールで作られており、芸術に疎いディースでも見ているだけの楽しかった。
「だけど、これを暇潰しで作っているアイツは頭がどうかしてるな……」
ディースが見ていたのはトールが暇つぶしと腕を鈍らせない為に作った彫刻であり、すべてトールの作品だった。
「鞘や鎧に施すまじないを彫る練習だって言ってたが、どうみてもコレは『売り物』だろ」
中には四本の足で立つ馬や羊の木彫りの置物まであり、その細工の細かさは目を見張るほどだ。
「今度金払って故郷の弟妹達に何か作ってもらうか……」
呆れたように呟いて、ディースは研究室に椅子に座った。
しばらく、そのまま部屋の備品などを見ていたディースだったが、ガラス棚に置かれていたソレを見つけてしまった。
「ん? なんだアイツ変わった物を置いてるな」
ディースは興味本位でガラス棚にしまわれていたクラッカーを手に取った。
「初めて学院に来てこれを鳴らされた時は驚いたな」
懐かしそうにディースはクラッカー本体から伸びる紐を手で持って『プラプラ』とさせる。
――もしここにソレの製作に携わったトールとキキョウが入れば全力でそれを止めるか、全速力でこの場から逃げていたことだろう。
ディースは自分が持っている「ブツ」の中身を知らない。
――それは竜人族のキキョウがその豊富な薬学の知識を活かし、植物の汁や花の花粉を集め、混ぜ合わせて粉末状に乾燥させて作った『催涙クラッカー』だ。
少量の火薬を使って中に詰められた刺激物を一斉に目の前の敵に浴びせるソレは、凶悪の一言。
もしも浴びたら最後、一時間は涙と鼻水が止まらず、顔に痒みと痛みが同時にやってくる恐ろしいアイテムだ。
試作品ということでまだ中の物体の量を加減しておらず、もしも破裂すればとんでもないことになる。
しかし、そんな事を知らないディースはとんでもないことを考え始める。
「久々に鳴らしてぇな。トール奴が帰ってきたらコレ向けて鳴らしてみるか?」
トールが知ればゾッとするような事を考え始めたディース。
だが、
「あー、でもさすがにこれは備品だからまずいか……元に戻しとこう」
すぐに考え直され、クラッカーは元あったガラス棚へと戻された。
――そして、そんな事をしていると、
「悪かったな、ディース留守番させて」
ちょうどタイミングよくトールが帰ってきた。
トールはガラス棚の前にいたディースを見て、「ん?」と思ったが、中にクラッカーがちゃんと仕舞われているのを見て安心した。
「なんだ? どうかしたのか?」
そんなトールの表情の変化を見て、ディースは不思議がった。
すると、トールがガラス棚に仕舞われているクラッカーを指差して説明を始めた。
――外見は普通のクラッカーだが中身は凶悪な別物であり、もし破裂させたら 地面にのた打ち回ること間違いないという話を。
「………………あぶね」
その話を最後まで聞いたディースは額に脂汗を滲ませながら呟いた。
「ん?」
「い、いや、何でもない。それよりも寮母さんの所に早く行ったほうがいいんじゃないか? 鍋の底が空いて困ってるぞ?」
「まぁ、それもそうだけど……」
「なら早く行こう。すぐ行こう!」
先ほどの自分のしていた事と、考えていた事を隠すように、ディースはトールの肩を押すようにして部屋の外に押し出した。
「???」
そのままトールは寮まで連れられて鍋の修理について寮母と話合うわけだが、ディースが何故こんなにも鍋の修理を急かしたのかは最後までわからなかった。
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