二人の会話
「久しぶりですね。ウォルト学院長」
「こちらこそ久しぶりだね。マルク神官長」
トールが廊下で会ったのはマルクという名の神官で、学院長の親しい知り合いだった。
その証拠に、マルクと学院長は互いに名を呼び固く握手をかわしていた。
だが、マルク神官長は教会に属する人間であり、ウォルト学院長は教会と仲が悪い王家側に近い人間。
立場上、敵対しているように見える。
だが、実は違う。
学院は王家が作ったものだが、学院を卒業する生徒達が王家にばかり偏らないよう、教会にもしっかりと人材を送っている。
こうしている理由は当時の国王が頭を働かせたからだ。
学院は色々と金がかかる。
正直、王家だけで何年も何年も存続させるのは難しい。
なので、当時の国王は回りくどく教会に金を出させる手を考えだした。
教会も組織である以上、毎年定期的に若手が入ってくれなければ衰退してしまう。
そして、教会の中で専門の知識や治癒の魔術が使える者はごくわずか。
それらの知識と魔術を使える者を教会は喉から手が出るほど欲しい。
なので、当時の国王はそれら両方使える優秀な人材を学院で育ててから教会に送り、見返りとして学院を存続させるための援助金を出させることを考えたのだ。
結果、王家は教会から多額の援助金を寄付させることに成功。
以降、このやりとりは何年も続き、講師の中には教会の関係者も存在するなど、教会と学院は仲を深めていった。
だが、王家とは寄付金の額や人材の育成方法、それ以外でのいがみ合いは続いており、仲はまだ悪い。
学院はその間に挟まれるような形で存在し続け、どちらの顔も立てようと頑張ってきた。
そのお陰で今は中立的な立場を築く事ができ、神官長と学院長の二人がこうして会話をすることに問題などはない。
だが、二人の話の内容にはいささか問題があった。
「では、以前街中で大騒ぎを起こした『うわさの鍛冶師』はそちらの学生で間違いないのですか?」
「おそらく、ね」
「……広場の畳石を壊したぐらいしか被害はなく、教会もその鍛冶師には助けられた所があるので特に問題視するつもりはないのですが……」
「………。」
「正直、信じられませんね。ミスリルの無薬品加工を習得している学生というのは……」
「まぁ、普通は出来ないって言われてるからね」
「……もう一度聞きますが、本当にこの学院の生徒なのですよね?」
「証拠はないが、間違いないと思うよ」
「……できれば、そう思っている理由などを教えてもらえませんか?」
「……本当は部外者に見せるのはいけないんだが、丁度その鍛冶師の彼が持って来た剣の製作過程資料があるのでそれを見せよう」
「なっ!」
少し考えるそぶりをしながらそう言った学院長の言葉に、それまで半信半疑の様子だったマルク神官長が驚く。
外部の人間にそのような物を見せるのは、かなり危険な行為だからだ。一体どこでどのように悪用されるかわかったものではない。
しかし──
「これがそうだ」
そのようなことなどお構いなしに学院長は先ほど退室したトールが持って来た資料の一部をあっさりとマルク神官長に手渡した。
「………。」
だが、マルク神官長はそれを見ていいのかどうか悩んでいるらしく、手渡された資料を持ったまま固まってしまっている。
その様子に学院長は「ニヤッ」と笑いながら手渡した資料を指差して言う。
「あぁ、安心していいよ。見ても誰も作れまないから、ソレ」
「は?」
「だから、誰も作れないんだ。ソレ」
「いや、ですが、これは実際に作った剣の製作過程を書いたものなんでしょう?」
「そうだよ。でも、もう誰もソレを作ることは出来ないだろうね」
「意味がよくわからないのですが……」
「まぁ、とりあえずその資料を読んでくれてから全て説明するよ」
「は、はぁ。では、失礼して……」
学院長の飄々とした様子にうながされるように、マルク神官長は目の前の資料に目を通し始めた。
マルク神官長は悩んでいたが、昔からの付き合いである目の男の言葉を信じることにしたのだった。
──そして、資料のすべてを読み終わったマルク神官長は確信した。
この資料を書いた人間と先日街中の広場で大騒ぎを起こした鍛冶師が同一人物であることを。
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