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男子生徒

 ――学院。


 正式名称はジュノ王国王立特別教育学院だが、生徒も教員達も普段はただ『学院』と呼んでいる。


 学院は古い歴史を持ち、多くの高官や歴史上の偉人を多く輩出してきた名門校でもある。


 そんな歴史のある学び舎ではあるが、その校風は決して堅苦しいものではない。


 ――勉学に必要なのは優秀な教師でも知識の詰まった本でもなく、隣にいる友人の励ましの言葉である。


 それがこの学院を作った国王の言葉だ。


 何代も前の国王の為、すでにこの世にはいないが、その大らかな性格と慈悲深さで臣民には親しまれていた。


 そんな国王が作った学院の校風は一言で言えば――自由。


 ――日々、何処かの研究室ではやけに色鮮やかな煙が上がり、保健室には怪我人が毎日のように運び込まれる。爆発事故が起きる事だってこの学院では珍しくない光景だ。



 そして、そんな騒がしい日常を送るジュノ王国王立特別教育学院では今、今年の新入生の入学式と歓迎会の準備が行われていた。


 今年入学の新入生は今、学院の敷地の中にある講堂で学院長からの学院での心構えを嫌と言うほど聞かされている真っ最中である。


 ……だが新入生達が講堂で睡魔と闘っている最中――講堂とは別のある建物の中は今まさに修羅場・・・と化していた。


「料理が出来上がったらじゃんじゃんもってこい!!」

「手の空いてる奴は皿並べてろ!!」

「クラッカーとくす玉の準備はいいか!?」

「おい! これはどこに置けばいいんだ!?」


 建物の中からは生徒達の焦り声が響き渡っている。


 ――彼らが焦っているのは理由がある。


 他の学部の生徒達がすでに飾り付けを終えている中――彼らの学部だけはまだ飾りつけが完成していないのだ。


「……なんでこんなことになったのかしらね」

「誰かが酒を持ち込んで、それをみんなで飲んだからだろ」

「軽い酒だったんだけどなぁ」

「やっぱり連日の疲れが出たんだな」

「気がつけばみんな疲れと眠気で寝てたな」

「……教師にばれないように薬術学科の先輩に酔い覚ましの薬をもらってくるまでみんなで床で死んでたわね」


 徹夜での作業でテンションがあがった状態での酒盛り――さらに二日酔いを誤魔化す為の工作に時間がかかり過ぎ、彼らの学部はまだ新入生の歓迎会の準備が出来上がっていなかった。


 ……もしも準備がこのまま間に合わず、新入生が講堂から彼らのいる建物に入った場合、きっと目も当てられない惨状が待っているだろう。


「急げ急げ!!」

「動け動け!!」

「とりあえず手を動かせ!!」


 ……彼らの焦りも当然だろう。


 だが彼らがどんなに頑張って手を動かそうが、時間と言うものは待ってはくれない。



 ――しかも、だ



 準備が中々進まず、非情にも時間だけが進んでいく中――彼らの焦りをさらに焦らせる事件がまでもが発生した。


 新入生の歓迎会で使うはずのくす玉の最終点検中――それは起こった。


「ああっ!!」


 何と最終点検をしていた女生徒の一人がくす玉の紐を誤って踏みつけ、中身を全てぶちまけてしまった。


 あまりの事に女生徒は顔を真っ青になった。


「……わ、わたし」


 そんな彼女に――今まで作業をしていた生徒達は焦りからひどい言葉をあびせていった。


「もうすぐ式も終わるって言うのに!」

「ふざけんなっ!!」

「何してんだよ!!」

「どうすんだよこれ!!」


 彼女を責める声が生徒達の口から次々と飛び出した。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」


 女生徒は真っ青な顔で何度も何度も頭を下げるが、彼らの耳には届かない。


「あぁ? 謝ればそれが元に戻んのかよ?」

「……余計な仕事増やしやがって」


 疲れと焦りから彼らの言葉には容赦がなかった。


「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」


 女生徒は泣きそうな顔で謝るが、彼らの怒りは収まらない。


「……もういいからお前はそれをとりあえず直せよ」

「は、はい」


 彼らは簡単に『くす玉を直せ』と言うが、くす玉は紐が千切れている上に、くす玉の中に入っていた紙ふぶきや色のついた紙テープも飛び出してしまっている。


 ……とてもではないが、彼女一人で新入生が来るまでの間に直す事は出来ないだろう。


 しかしそれでも彼女くす玉を直そうとくす玉のほうに振り返った。


「え?」


 だが彼女が振り返った先には、壊れたくす玉と一緒に何故か『見知らぬ男子生徒』が居た。


「へぇー」


 その男子生徒は一体何が楽しいのか、壊れたくす玉の中側を見たり、紙吹雪を手にとって面白そうに笑っていた。


「あ、あの?」


 女子生徒が怖々とその男子生徒に声をかけると――その男子生徒は無邪気な顔で女子生徒に尋ねた。


「なんか壊れてるみたいだから、ちょっと直していいか?」

「え、あ、あの」

「すぐに済むから。多分十分もかからない。なぁ、いいだろ?」

「は、はい」


 子供みたいな男子生徒の笑顔に毒気を抜かれてしまった彼女は、彼の勢いに流されるまま気が付けば首を縦に振っていた。


「じゃぁ、ちょっとコレ借りるな」

「あ、わ、私も何か手伝います」

「ん? じゃあ其処にある道具とってくれ」

「はい!」


 男子生徒は女子生徒の返事を聞くと、すぐに修復作業に移ってしまった。



 女生徒は男子生徒に言われるがままに彼が必要と言う道具を彼に渡していった。


「次はソレ」

「こ、これ?」

「そう、ソレ」


 だが彼が必要とした物の中にはただのゴミとしか思えない物まであり、女子生徒の目にはそれがくす玉の修理に必要なものだとは到底思えなかった。


 思い切って男子生徒に聞いてみても「後のお楽しみ」と言って、教えてはくれなかった。


 くす玉を壊してしまった負い目があったため、それ以上は聞くことはできなかったし――何より男子生徒の手の動きから目が離せなかった。


 千切れてしまった紐は紐と紐を複雑な結び方でつなぎ合わせ、気が付けば玉はほぼ元通りになっているばかりか、今まで上手に開かなかった開封の不具合まで完璧に直してしまっていた。


「「…………」」


 その様子を周囲の生徒たちが遠巻きに見ている中で、男子生徒だけはいつの間に作っていた動物の紙細工をくす玉の中に楽しそうにどんどん入れていた。


「ついでにコレも入れとくか」


 最後にはくす玉の中に料理が置いてあったテーブルから菓子をくすね、紙やリボンで包んでくす玉の入れていた。


「んっと、これで完成だな」


 最後に男子生徒がくす玉の蓋と蓋を閉じると――くす玉は壊れる前よりも最高の状態でその場に存在していた。


「……すごい」


 女生徒はその過程をただ呆然としながら見ていた。


「うん、楽しかった!」


 振り向けば、男子生徒が笑顔で女子生徒の横に並び、くす玉を見ていた 


 女子生徒が唖然として彼と彼の直したくす玉を見ていると――周囲の生徒たちが二人の周りにやって来た。


「うおっ!俺達が作った奴より豪華になってる」

「すげーな。よく短時間でこれをなおしたな」

「……つーか、これ見たあとで前の奴を思い出すとすげー複雑」

「確かに、壊れる前より出来がいいのは結構傷つくな」


 生徒達はくす玉が今まで以上に直った事に驚き、くす玉の周りに群がり始めた。


 ――彼らの口にするくす玉に対する評価は上々であった。


 もう後はくす玉を天井に吊り下げるだけで終わり、女子生徒はくす玉を直してくれた男子生徒に改めて感謝の言葉を述べた。


「本当にありがとう。もしあのままだったら、わたし……」

「いや、いいよいいよ。こっちも楽しめたし。それよりもあの玉をぶら下げる役、面白そうだから俺にもやらせてくれない?」

「それくらい全然かまわないけど……」

「そっかありがとう」


 ――男子生徒はそのまま楽しそうに他の生徒と共にくす玉を天井に吊り上げる作業を手伝った。


「完成だ!!」


「「うおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 そして、完璧に歓迎会のセッティングが終わると建物の中から生徒達の声が響き渡った。


 ――新入生が来るまであと数十分。十分な余裕がある。


 後はただ新入生が来るまでただ待っていればいい。


「ま、間に合った」

「一時はどうなる事からと」

「兎に角、間に合ってよかった」

「あー、疲れた。帰って早く寝てぇ」


 生徒達が一斉に胸をなでおろす。


「あれ?」


 だが例の女子生徒は先ほどまでいた『あの男子生徒』がいないことに気がついた。


 さっきまで周りの生徒とハイタッチをしてはしゃいでいた筈なのだが、見当たらない。


(……お礼まだ言ってないのに)


 近くにいた生徒に慌てて聞くが、「トイレ行ってくる」と言って部屋から出て行ってしまったそうだ。


 仕方ないと思い、女生徒は部屋の入り口の近くで彼を待ったが――結局最後まであの男子生徒は帰ってこなかった。





 結果を言うと――歓迎会は大成功だった。


 くす玉は新入生達の真上で見事に開き、彼らは舞い落ちる紙吹雪や落ちてくる焼き菓子の包まれた袋を手にとって大いにはしゃいだ。


 たまに悲鳴があがるのは『彼』が悪戯で入れたこんにゃくが誰かの背中や頭に当たったからだろう。


 新入生はこの悪戯に腹を抱えて笑って、その後も歓迎会を大いに楽しんだ。


感想待っています。



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