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閑話 料理 後半

場所は男子寮の食堂。


そこには特別に男子寮への入寮を許可された三人の女子生徒と、叱られた子供のように顔をうつむかせた男子生徒が一人。


そして、それを少し離れた椅子からニヤニヤと眺めている男子学生


彼の目の前には三つのクッキーの盛られた皿があり、それぞれの皿の前にはクッキーの製作者である女子生徒が座っている。


ある女子生徒の一人が言った。


「食え」


簡潔な一言。



「………」


おそらく、目線と口ぶりから「お前の目の前にあるクッキーを食べろ」という意味だろうと思われる。


その言葉を聞いて、トールはこんなことを考えていた。



(何故こんなことになったのかわからないけど…。とりあえず、食べたら褒めよう。…うん。多分それが一番いい)



彼は料理を褒めてこの状態から逃げようと考えていた。




だが、そうは問屋が卸さなかった。



その理由は三人の女子学生の中の約一名がとんでもない物を作ったからだ。




その一人は、ある男子学生の鼻っ面をへし折ってやるためにクッキーの中に驚くべきものを混入。


クッキーに自分流のアレンジを加えた。


だが、見た目は普通のクッキーと変わらずトールはそれがどういうものか気がついていない。




見た目には、三人ともほぼ同じ。


一番そつがないように作られているのは、ニアのクッキー。


おそらく、普段から作っているのだろう。形もハートや花の形に作ってあって大変女の子らしい。



次はやや歪な四角のないクッキー。


作ったのはサリアで、多少クッキーの表面に焦げ目が強い。


形が多少歪だが、そこは料理慣れしてない人間が作った愛嬌に見える。



そして、最後がキキョウのクッキー。


形は円形で見た目は普通のクッキー。


しかし、ハーブでも混ぜたのか少し変わった香りがする。




この中の一つがとんでもない「当たり」なのだが、そのことは実はあまり意味がない。


何故なら、彼は女子達の怒りを静めるためには完食しなければならないのだから。


たとえ、どんなにまずかろうが、どんなとんでもない物体が混入されていようが、彼らは笑って「美味い!」と褒めなければならない。


もしも、残したりすれば、「美味しいのに、残すの…?」と背筋が凍る声で囁かれ、後で何をされるかわかったものではないだろう。


…ようするに、彼は絶対に引いたらまずい「当たり」を、必ず引かなければならないのだ。


あまりにも救いのないこの話を、彼はまだ気が知らない。











一品目。


ニア作のクッキー。



「うん。美味い」


「あんまり甘くなくて好みだな」



そう言って、パクパクと皿に盛られたクッキーをどんどん減らしていくトール。


クッキーはものの数分でなくなった。



「ごちそうさま」



トールはそう言って、作ってくれたニアにお礼を言う。


それを聞いて、ニアは照れくさそうに「お粗末さまでした」と答えを返した。


そもそも、ニアは今回付き合いで作っただけなので特に怒っていなかった。


なので、ここは特に問題なく通過。



次。



二品目。


サリア作のクッキー。


やや焦げ目の強いクッキーだったが、それに動じるようなトールではなかった。


むしろ、先ほどのニアのクッキーを食べた時よりも速度を上げて次々とクッキーを口に運ぶ。


そして、トールは褒める。



「俺はこれぐらいこんがり焼いた方が好みだな」


「ニアのクッキーも美味かったでけど、これもなかなかいける」



サリアのクッキーはサリア自身が料理の腕に自信がなかった為、素材には質の良いものを使い、さらにニアの指導の下で丁寧に作った為、そこそこの出来に仕上がっていた。


その甲斐あって、トールは今回も特に問題なく皿を空にした。



サリアはそれを見て少し怒りが収まったのか、トールの様子を少し頬を緩ませながら見ていた。



「ごちそうさま」


「……ふん」



だが、それを気づかれるのが嫌だったのか、礼の挨拶には不機嫌そうに鼻を鳴らして答えた。




…そして最後。



三品目。


キキョウ作のクッキー。



少し変わった香りがする程度で、違和感はない。


なので、トールは前の二人が作ったものと同様にクッキーを次々と口の入れようとした。



…だがしかし。



クッキーを口に入れた瞬間、トールは目を見開いた。



「~~~~~~~~~~~~~~ッ!!??」



口の中がとんでもないことになった。


苦い。


尋常でないくらい苦い。


舌がクッキーにあたるたびに悶絶するほどの苦味がトールを襲った。



ガッ!!



おもわず口の中のものを水で胃に流そうと机の上にあったコップを掴んだ。


しかし、口の中が乾きやすいクッキーを食べ続けていた為、水もそれなりに飲んでいて、今コップは空だった。



あわてて食堂の流しに駆け込み、水を分けてもらおうと席を立ち上がろうとするトール。



しかし、



「あら? どうかしました?」



その声を聞いて、トールは動きを止めた。


ここで水を取りにいったら、まずくて水を流し込んでいると思われてしまう。



「んん! いや、なんでもないです。」



何とか口にあったクッキーを口の中にためた唾液でもって無理やり飲み込んだトール。


だが、このままではまずいと思ったトールはそれとなくコップに水を入れるべく、キキョウにお願いしてみた。



「あ、あのー、キキョウさん。クッキーは口の中が乾くので、水をもらってもいいですか? さすがに、水なしで皿に盛ったクッキーを食べ続けるのは正直きつくて」


もっともらしい事を言って、コップを持ち上げたトール。


それを聞いたキキョウは一つ頷き、こう言った。


「クッキーは美味しかったですか?」


「え、あ、はい。お、美味しかったですよ」


その言葉に、あわてて答えを返すトール。


心の中にあった「何を入れたらあんなに苦くなるんですか?」という言葉を飲み込み、なんとか褒める言葉を口にした。


「そうですか、ならよかったです」


トールの言葉を聞いて、再び頷くキキョウ。


「あの、それで水を…」


それを見て、なにやらヤバイ予感がしてきたトール。


そして、顔を青ざめさせたトールにキキョウは恐るべき事を口にした。



「こんな話を知っていますか? トール君」



キキョウはある話を始めた。



それは、人体のある現象についての話だった。




「人間、美味しいものを目の前にすると唾液が通常よりも多くでるそうです」


「………え」


「私のクッキーが美味しいなら、あなたは今唾液がたくさん出ているはずです。『水が必要ないほど』」


「あの、まさか…」


トールはキキョウの言葉を聞いて戦慄する。



彼女はつまり、この口の中が麻痺するような苦い皿盛りクッキーを水なしですべて完食しろと言っているのだ。


「………。」


トールはあまりの事に言葉を出せず、目の前にあるクッキーの山を凝視した。


とても、一人で食べきれる気がしない。



ババッ!!



「え?」「ん?」「どうした?」



思わず周りを見回すが、ニアもサリアも、最初から傍観していたディースも今のトールの状況に気がついていなかった。


つまり、助けもなければ完食以外に逃げ場はない。


しかし、最後の抵抗とだかりにトールは目の前のクッキーについて質問をしていた。



「あの、キキョウさん…。このクッキーは何を混ぜたんですか? …なんだか、少し変わった香りがするんですが」


もしかしたら劇薬でも混ざっていて、その薬の名前を聞いた友人が止めに入ってくれないだろうかという淡い幻想を脳裏に描くトール。


もちろん、そんな幻想は起きない。



キキョウは楽しそうにクッキーに入れた物の名前を教えてくれる。


「あぁ、クッキーの中に入れたのは─」


そう言って、キキョウがトールに教えたのはいくつかのハーブの名前だった。


そのすべてが体の調子をよくする薬効のあるものばかりで、中には薬草の名前もあった。


しかし、その量がおかしい。


普通は入れるとしても数種類ほどにとどめるはずの物が、二十種類を超えている。


どうやら、複数の薬草とハーブを混ぜたことがあのありえない苦味の正体のようだった。



(…あ、そういえばこの人の趣味って…!)



トールはキキョウが楽しそうにクッキーに混入した薬草の名前を喋っているうちにある事を思い出した。




キキョウは故郷の谷にいた頃から、色々な草花を育てるのが得意だった。


特に薬草などの薬になるものを育てるのが好きで、トールもその草花の世話の手伝いをしたことがあった。



そのことを思い出して、トールは顔がひきつった。



よく思い出せば、昔薬草を取りにトールをモンスターのいる森に連れて行ったのはこのキキョウだったはずだ。


他にも、薬の実験体に選ばれたのも一度や二度ではなかった。(確か筋力の増強剤だったか何かを内緒で食事に混ぜられた)


何故こんな大事なことを忘れていたのだろうか、忘れていなければどんな手を使ってでも逃げていたのに…!



トールはそう思いながら、クッキーの皿を睨んだ。


そんなトールを見ながら、キキョウは囁く。



「さぁ、トール君? 私の新作のハーブブレンドクッキーです。どうぞ召し上がれ?」


「………。」




キキョウのにこやかな微笑がトールにはもっと別の、なにか恐ろしいものに見えた。


そして、自分はその恐ろしいものから逃げる手段はもっていない。


スッ


「……ごく」


トールは覚悟を決めて、皿に盛られたクッキーを一つ手に取った。


トールはクッキーを手に持ちながら、自分がこの試練を無事潜り抜けたら今後は女性の前で料理に関して話をするのをやめようと心に深く誓った。




「ばくっ!」


そしてトールは口を大きく開けてクッキーを次々と口に入れた。


味を感じる前に一つでも多く噛み砕き胃に入れる。


口の中が乾いて喉の通りが悪くなってしまう前にがんがん食べ続ける。


すると、皿に盛られたクッキーは次々となくなっていき気がつけば皿はすぐさま空となった。



その様子に、見ていたほかの三人はそんなに美味しいのかとクッキーを作ったキキョウを尊敬の目で見つめ、それを食べているトールを少し羨ましそうに見ていた。

















「…もぐ、もぐ、もぐ、もぐ。ごっくん」



皿を空にしたトールは口の中に入っていたクッキーをすべて胃に収め、胃を抑えながら顔を青ざめさせた。


そして、



「すごく…美味しかったですっ…!」



バタン!!




キキョウの作ったクッキーをなんとか褒めた後、…トールは倒れた。




倒れたトールは医務室に運ばれ、食べ過ぎによる腹痛で意識が飛んだと診断された。


それを聞いてキキョウは「そんなになるまで食べてもらって、うれしいです」といって、怒りを静めてこの件はまるく収まった。


…しかしこの後しばらくトールは味覚が麻痺して味を感じなくなり、クッキーを見ると体が硬直するようになった。


次から、本編を書きます。

今月に二本更新できるようにがんばります。

それでもまた次に更新で。

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