認めます
子供の俺を翼竜の尻尾に縛って空中散歩するようなぶっちぎれた人達に、先ほどの発言を知られるとまずい。
…何が起きるのか想像なんてしたくないが、きっと俺のトラウマが増えることは間違いない。
なので、なんとしてでもキキョウさんに谷のみんなに手紙を書くことだけは止めてもらうように必死に謝り続けた。
そして、謝り続けていた俺は、キキョウさんの次の言葉で。
逃げ場を失った。
「…じゃぁ、私を研究室のメンバーにしてくれます?」
「え?」
「…嫌、なんですか? 」
「あ、いや…、そんなことは…」
「…そうですよね。私なんか「キテ」て「ヤバイ」人なんですもんね…」
「うっ…」
「…いつの間にか、私って嫌われていたんですね。気づかなくてごめんなさい。…これからは気をつけますね…」
「…あー」
…まずい空気になってきた。
今学院長室には、俺と学院長とキキョウさんしかいない。
そして、今の俺は傍から見ればとても「悪い男」に見える。
まるで、献身的に世話を焼いてくれた女性を「面倒」と言って切り捨てるような薄情な男に。
傍から見れば、多分俺はそう見えることだろう。
その証拠に、蚊帳の外の学院長の視線がとても痛い。
正直、今すぐにでもこの部屋から逃げ出したいが、それでは意味がない。
へたをすれば、もっとひどい状況になるかもしれない。
「…あー」
俺は学院長の責めるような視線と、キキョウさんのひどく悲しそうな顔を見て少し考えた。
確かに、昔は色々とひどい目にあわされたが今は俺も成長して体も心も丈夫になった。
そして、キキョウさんも学院にきて、人間社会の常識を少しは学んだことだろう。
だから、昔のように翼竜の尻尾に縛って空中散歩なんてことは、もうしないはずだ。
「…ふぅ」
俺はそう考えて、覚悟を決めた。
そして、俺は沈黙していた部屋の中でゆっくりと言葉を出した。
「…わかりましたよ。キキョウさんの研究室入りを認めますよ」
「「!!」」
俺がそう言うと、沈黙していた室内の空気が変わった。
まず、学院長がうれしそうにうなづきながら、「実に賢明な判断だ」と俺を褒め。
キキョウさんが「やっぱり、トールちゃんは昔から優しいですね!」と喜んだ。
騒がしくなってきた室内で、俺は心の中で願った。
「………。」
出来れば、面倒ごとはこれっきりにしてくれ、と。
「それでは、トールちゃん。昼食の時間になったら食堂の入り口にいてくださいね? 色々と話したいことがあるので」
「…それは、いいですけど。いい加減『ちゃん』付けはやめてください、キキョウさん」
「なぜです?」
「…この年でちゃん付けは恥ずかしいんで」
「年頃の男の子の複雑な感情ですか?」
「…まぁ、そんな感じです」
「わかりました。では、『トール君』で」
「それでお願いします」
「それにしても、背が伸びましたね」
「最後にあったのって、いつでしたっけ?」
「一年半ほど前です」
「あー、ちょうどその頃に急に背が伸びだしたんですよ」
「へー、そうだったんですか」
「そうなんです。おかげで膝を曲げると痛くて痛くて」
「なんだかおじいさんみたいですね」
俺とキキョウさんは学院長室を出てから、教室に戻るまでの間、歩きながら色々と話した。
久しぶりに会ったので、懐かしくて話が弾む。
そして時間を忘れて話していると、いつの間にか俺の教室の前まで来ていたのでキキョウさんとはそこで一度別れた。
「あー、俺の教室ここなんで」
「はい。では、昼食の時間待ってますね。よければ友達も一緒に誘ってください」
「…いいんですか?」
「トール君のお友達ですから、もちろんです」
「わかりました。じゃぁ、誘ってみます」
「はい。それでは、また」
「また」
ひらひらと手を振るうキキョウさんに向かって俺も手を振るう。
「…ふぅ」
俺はキキョウさんが去って行く姿を見送った後、ため息をつきながら自分の教室に入った。
久しぶりの知人の登場に驚いたが、何とかことが収まってよかった。
とりあえず、最悪の事態は回避できた。
俺はそう思いながら自分の教室に入り、席に座った。
「ん?」
だが、ちょうど休憩時間で安心していたのがいけなかった。
「なぁ、トール」「さっきの美人誰?」「彼女か!彼女なのか!」「てめぇ! ここしばらくサボってたのはあの美人が原因か!」「時間も忘れるほど二人きりの時間を過ごしたんですかぁ! あぁ?」「こら、てめぇ詳しく話せコラ」「マジ話せ」「そして、あの美人の友達を紹介しろ」「俺にも頼む」「てめぇ! 抜け駆けすんな!」「俺にも誰か紹介頼む」「できれば俺にも」「俺にも」「俺にも」
本当ならば、次の授業の前で色々と忙しいはずの男子生徒が俺の前にやってきてキキョウさんの友人を紹介しろと言ってきた。
おそらく、俺とキキョウさんとの教室の前でのやりとりを見ていたのだろう。
おそらく、キキョウさんと俺を付き合っているとでも思って、キキョウさんの友人を紹介しろ言っているのだろう。
「………」
俺はそんな男連中を見ながら本気で思う。
知らないって、なんて幸せなことなんだろうと。
誤字と脱字、感想を待ってます。
暗い話も楽しいけど、のんびりした話もいいですねぇ。