トラウマ
亜麻色の髪を持った少女は突然現れるなり、許可無く部屋に入った事も詫びず、ただトールの元へ近寄った。
そしてトールに近寄って、
「とても無礼な言葉を聞いて来てみれば…、犯人はトールちゃんでしたか…」
と、悲しそうな声でそう言った。
どうやら、トールが言った「キテる」とか「ヤバイ」発言を聞いていたらしい。
それを聞いたトールはかなり動揺した。
「ち、ちがうんです。キキョウさん。アレは言葉の綾っていうか、気の迷いって言うか、とにかくそういうなにかで…! きっと、多分、絶対! 違うんです…! アレは俺の口からでた俺ではない誰かの言葉で、俺は別にキキョウさんがそうだって言うわけではなく…! 俺はもちろんキキョウさんは優しくて綺麗な人だと思ってますよ? 本当です、信じてください!」
「…そうですか、それは良かったですね」
「いや! 信じてください! 俺は別に…!」
「…悲しくて、なんだか故郷のみんなに手紙を書きたい気分です」
「そんな…!」
「…あぁ、心配しなくて大丈夫ですよ? あなたの事も忘れずに「キッチリ」と書いておきますから。…さて、どんな手紙を書きましょうか」
「キキョウさん! 謝りますから! 地面に額擦り付けて謝りますから! それだけはどうか…!」
トールは必死にキキョウという名の少女に向かって、手の平を合わせ拝むようにして必死の弁解をした。
…はっきり言って、トールはこの少女が恐かった。
いや、むしろこの少女の一族全員が恐かった。
彼女達「竜人族」は見目麗しい女性ばかりだ。
竜人族と人間の違いなど殆どなく、あるとすれば彼女達の臀部にある細長い「竜の尾」ぐらいだろう。
だが、それも彼女達は尾を綺麗な布で包んでお洒落の一つのとして、美しく飾り付けている。
「竜人族」という物騒な名で呼ばれるが、彼女達をよく知っていればトールのようにただ恐怖するようなことはないはずだ。
むしろ、トールぐらいの年の男子なら、その美しさにもっと好意的な気持ちを持っていてもおかしくないはずなのだが…。
なのに、トールはありえないほど恐がっている。
その理由は、彼が少年時代に養父に連れられ彼女達の住む秘境の谷に行ったことが原因だ。
養父はトールの鍛冶の腕を上げてやろうと、昔の旧友に頼みこんで自分の「息子」を鍛えて貰おうと数ヶ月ほど谷に預ける事にした。
養父の本心を言えば、自分の力で一人前の鍛冶師にしてやりたいと思うが、トールにはドワーフだけではなく、ほかの一族の技術も必要だと養父は考えた。
だが、これには意外な落とし穴があった。
谷に預けてから数ヵ月後、確かにトールの鍛冶の腕は格段に上がった。
しかし、その技術を上げた理由は色々と複雑だった。
トールは彼女達から「逃げる」ために技術を磨いたのだった。
─元々、「竜人族」は人里離れた山奥や森の奥地に住む。
なので、彼女達はとても閉鎖的な生活をしている。
だからだろう、突然現れた人間の少年に彼女達はとても興味を惹かれてしまった。
ちなみに、「竜人族」は一部の例外を除き、基本的に『女性』しかいない。
なので、
「ねぇ、ねぇ。あの子が人間の子供?」「そうそう」「へー、小さくて可愛いね」「どんな生き物でも子供の頃は可愛いのよ」「…私、ちょっと頭撫でたいかも」「あ、それは私も思った」「でも、噛まれないかしら?」「お菓子で餌付けでもしてみれば?」「…私ちょっと家に帰ってお菓子とって来る」「あ、それなら私も」「だったら私も持ってくるわ」「ちょ、ちょっとみんな!」
必然的に、こうなるわけで…、
彼女達は突然現れた少年に興味が尽きず、色々と世話を焼いた。
手料理を振舞ったり、お菓子を上げたり、自分達の相棒である「翼竜」を見せたりなど色々だ。
これだけ聞くと微笑ましいが、実は問題があった。
彼女達は基本的に全員が加減を知らなかった。
試しに、彼女達がトールにしたとんでもないエピソードを語ろう。
─竜人族は「翼竜」と呼ばれる、下級の竜族を馬のように乗りこなす。
トールはそれが珍しく、空を自由自在に呼ぶ翼竜と彼女達をじっと見ていたことがあった。
そして、それに気がついた竜人族の娘の一人がやってきて自分の翼竜に乗せてあげようした。
だが、トールはそれを断った。
理由は簡単。トールは高いところが怖かった。
木の上を上るならいざ知らず、鳥が飛ぶような高さなど、少年時代のトールは怖かったのだ。
だが、それを聞いた竜人族の娘は「大丈夫!」と言って、無理矢理竜小屋に連れて行った。
そして、トールを自分の「翼竜」に乗せた。
いや、乗せたのではない。
その竜人族の娘は、縛りつけたのだ。
「下を見るのが怖い!」と言って逃げようするトールを、縄で翼竜の「尻尾」に、仰向けで、縛り付けた。
翼竜の尻尾は空を飛ぶときはバランスをとるためによく動く。
そんな場所にトールをくくりつけ、娘はトールと一緒に空を飛んだ。
トールは空を飛ぶ前までは必死に逃げようとしていたが、いったん空に上がると暴れるのを止めた。
そして、娘が満足するまで空を一緒に飛び続けた。
おかげで、トールは高さに関する恐怖感覚が少し麻痺した。
そして同時に、彼女達に対して少しづつ恐怖心が増えていった。
ちなみに、このほかにもまだまだ色々ととんでもない出来事があった。
珍しい鉱石があるといって、モンスターの出る鉱山に連れて行かれたり、果物や薬草を採るついでのモンスター狩りに知らずに同行させられたりなど。
とにかく、色々だ。
ほかにも色々とトラウマになりそうな事があったりしたのだが、まぁそれはまた後日。
そんな中、トールが学んだ事が一つあった。
それは、トールが鍛冶の勉強をしているときは彼女達は手を出さないことだった。
これに気がついたトールは一生懸命学んだ。
一秒でも長く、彼女達から逃げるため懸命に学んだ。
しかし、これにも問題があった。
懸命に勉強を続けるトールの姿に、竜人族の娘達がどんどん好意的になっていったのだ。
まだ少年にもかかわらず、大人でも根をあげそうなほどの本を読み、汗だくになるまで槌を振るう姿。
そんな努力する人間の少年の姿を見て、以前にもまして世話を焼く娘達。
そして、それを嫌がってますます勉強に力を入れるトール。
こんな悪循環が続く事によって、トールは鍛冶の腕を上げていった。
ついでに言えば、竜人族のトールに対する好感度も上がっていった。
…もしかすると、学院が竜人族と友好的な関係を築いたのはトールのおかげがあったからかもしれない。
誤字脱字の報告と、感想を待っています。
今思いましたけど、トールは女運ないですね…。
女関係でいいことが一つも無い。